2012年8月9日木曜日

『 クリスチャンの正しい回心のための聖書義解 』  3



3.『聖書』 における「敵」の意味

(1) クリスチャンにとっての「敵」とは誰であるのか?
 クリスチャンは、次の聖句にある「敵」「迫害する者」を、誰であると理解し、あるいは、思い込んでいるのであろうか?

マタイ 5:44
『しかし、わたしはあなたがたに言います。自分のを愛し、迫害する者のために祈りなさい。』

ルカ 6:35
『ただ、自分のを愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。』

「敵」とは、誰で、いかなる組織勢力であるのか? ここで『聖書』に記されている敵対関係の類型を挙げて考えてみよう。なお、「敵対」とは、敵として対抗すること。「対立」とは、両者が反対の立場にたって張り合うこと。「相克」とは、両者が互いに勝とうとして精神的・霊的に相争うことを意味する。

A.領土支配権をめぐるイスラエル人と外国人との敵対関係 (出エジプト記 5:1 等)

B.国内政治をめぐるサウル家とダビデ家の対立関係 (2サムエル 3:1 等)

C.宗教思想をめぐる主イエスとパリサイ派等の敵対関係 (マタイ 21:45 等)

D.神の御計画の下にある人々と悪魔サタンの相克関係 (ゼカリヤ 3:1 等)

 以上のA~C の敵対と対立の関係に見られる本源的で霊的な相克は、から派生している。つまり、人が神の側につくのか、悪魔サタンの側につくのかをめぐる、人の心の中における善と悪の相克が、A~D の敵対・対立関係として聖書に記され、また、現代の世俗社会の諸悪及び諸問題として生起している。なお、本源的で霊的な相克であるにおいて、悪魔サタンの側についた悪人罪人は、最後の審判の時に裁かれ、肉体的・精神的・霊的な生命を失い、永遠の地獄に落ちると、黙示録20:10- 15等に書いてある。従って、マタイ5:44 にある「敵」「迫害する者」とは、世俗社会に生起す邪悪な諸問題・諸犯罪を広めようとする悪魔サタンの側についた悪人罪人に他ならない。彼らは、クリスチャンの「敵」であり、クリスチャンを「迫害する者」である。しかし、本源的な「敵」「迫害する者」とは、人の健全な肉体・精神・霊を破壊しようとする悪魔サタンであることを忘れてはならない。なお、「サタン」とは、ヘブル語で「敵対者」を意味する。これらのことは、次の聖句から明白である。

マタイ 13:36- 42
『それから、イエスは群衆と別れて家にはいられた。すると、弟子たちがみもとに来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください。」と言った。 イエスは答えてこう言われた。「良い種を蒔く者は人の子です。畑はこの世界のことで、良い種とは御国の子どもたち、毒麦とは悪い者の子どもたちのことです。 毒麦を蒔いたは悪魔であり、収穫とはこの世の終わりのことです。そして、刈り手とは御使いたちのことです。ですから、毒麦が集められて火で焼かれるように、この世の終わりにもそのようになります。 人の子はその御使いたちを遣わします。彼らは、つまずきを与える者不法を行なう者たちをみな、御国から取り集めて、 火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。』

1ペテロ 5:8- 9
『身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。 堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。 』

ヘブル 1:13
『神は、かつて どの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「わたしが あなたのを あなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていなさい。」』  ※この聖句は、詩篇110: 1マタイ22:44マルコ12:36ルカ20:43使徒 2:35 にも書いてある。『聖書』には、「神の左の座」という表現はない。つまり、「神の右の座」とは、「神の御国の王権」を表し、この王権を持つ主イエス・キリストに従う聖徒たちを通じて、悪魔は神の足台となる。

ヘブル 10:13
『それから(主イエス・キリストが神の右の座についてから)は、その(悪魔サタン)が ご自分(主イエス・キリスト)の足台となるのを待っておられるのです。』



(2) 神の御意及び御計画を妨害する悪魔サタンの働きは神により制限されている
 悪魔サタンの邪悪な働きに対する神による制限と、全知全能の神の予知に基づく悪魔サタンの働きをも織り込んだ神の御計画に関する聖句を挙げる。

1歴代誌
『ここに、サタンがイスラエルに逆らって立ち、ダビデを誘い込んで、イスラエルの人口を数えさせた。』

ヨブ 1:6
『ある日、神の子らが主の前に来て立ったとき、サタンも来て その中にいた。』

ゼカリヤ 3:1
『主(神)は私(預言者ゼカリヤ)に、主の使いの前に立っている大祭司ヨシュアと、彼を訴えようとして その右手に立っているサタンとを見せられた。』

マタイ 4:10
『イエスは言われた。「引き下がれ、サタン。『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えよ。』と書いてある。」 』

マルコ 4:15
『みことばが道ばたに蒔かれるとは、こういう人たちのことです――みことばを聞くと、すぐサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを持ち去ってしまうのです。 』

ルカ 10:17- 20
『さて、七十人(世界へ派遣されていた弟子たち)が喜んで帰って来て、こう言った。「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。」 イエスは言われた。「わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。 確かに、わたしは、あなたがたに、さそりを踏みつけ(悪魔・悪霊を倒し)、(悪魔)のあらゆる力(支配力)に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害(心身に有害な攻撃)を加えるものは何一つありません。 だが しかし、悪霊どもが あなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただ あなたがたの名が天に書きしるされていること(神の子であること)を喜びなさい。」 』

ヨハネ 13:27
『彼(ユダ)がパン切れを受けると、そのとき、サタンが彼にはいった。そこで、イエスは彼に言われた。「あなたがしようとしていること(裏切り)を、今すぐしなさい。」 』

使徒 5:3
『そこで、ペテロがこう言った。「アナニヤ。どうして あなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、(売却した自分の)地所の代金の一部を自分のために残しておいたのか。 』

2テサロニケ 2: 3- 12
『だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり不法の人、すなわち滅びの子が現われなければ、主の日は来ないからです。 は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します。 私(パウロ)がまだあなたがた(テモテたち)のところにいたとき、これらのことをよく話しておいたのを思い出しませんか。 あなたがたが知っているとおり、がその定められた時に現われるようにと、いま引き止めているもの(神の御計画)があるのです。不法の秘密(ヘロデ大王の孫であるヘロデ・アグリッパ一世が組織した、クリスチャン抹殺計画を進める秘密結社「秘密の力」に憑依した悪魔サタンによる世界支配計画)はすでに働いています。しかし今は引き止める者(聖霊)があって、自分(聖霊)が取り除かれる時まで(不法の人による世界支配を)引き止めているのです。 その時になると、不法の人が現われますが、主(御再臨のイエス・キリスト)は御口の息をもってを殺し、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまわれます。不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、また、滅びる人たち(サタニスト・自称クリスチャン)に対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛(主イエスへの愛、主イエスを救世主として信じて行動すること)を受け入れなかったからです。 それゆえ神は、彼らが偽りを信じるように、惑わす力を送り込まれます。 それは、真理(主イエス・キリストの教え)を信じないで、悪を喜んでいたすべての者(世俗の権威を愛して利己的な私利私欲を満たしていた人々)が、さばかれるためです。 』

エペソ 2:2
空中の権威を持つ支配者(悪魔サタン)として今も(主イエス・キリストに対する)不従順の子ら(悪魔の子ら)の中に働いている

1ヨハネ 3:8
罪のうちを歩む者は、悪魔から出た者です。悪魔は初めからを犯しているからです。神の子(主イエス・キリスト)が現れたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。』

黙示録 12:7- 9
『さて、天に戦いが起こって、ミカエルと彼の使いたちは、と戦った。それで、竜とその使いたちは応戦したが、勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。こうして、この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。は地上に投げ落とされ、彼の使いどもとともに投げ落とされた。』

黙示録 20:2- 3
『彼(神の御使い)は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕え、これを千年の間縛って、 底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放(はな)されなければならない。 』



(3) 悪魔サタンに対する裁き
 悪魔サタンといえども、全知全能の神の支配下にあることは、宇宙の諸天体が秩序を保って規則的に運行しているように、また、地球上の自然が調和を保ち、日々の昼と夜、年毎の春夏秋冬の四季として循環しているように、悪魔サタンの行動(ヨブ1:6- 12)と宿命(黙示録20:7- 9)ですら、神の御手の中に握られ、神の御計画の中に組み込まれている。そして、「人を、真に裁けるのは、神と、その僕のみ」である。悪魔サタンには、真理と正義がないため、人を悪と罪と死滅へと誘惑することはできるが、裁くことはできない。このことは、次の聖句に示されている。 

2歴代誌 19: 6
『(信仰心の厚いユダの王ヨシャパテが)さばきつかさたちに こう言った。「あなたがたは自分のする事に注意しなさい。あなたがたがさばくのは、人のためではなく、主のためだからです。この方(主)は、さばきが行なわれるとき、あなたがたとともにおられるのです。』  

詩篇 96:13
『確かに、主は来られる。確かに、地をさばくために来られる。主は、義をもって世界をさばき、その真実をもって国々の民をさばかれる。』 

箴言 29:26
『支配者の顔色をうかがう者は多い。しかし人をさばくのは主である。』  

ルカ 22:29- 30
『わたし(主イエス)の父(神)がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがた(十二使徒)に王権を与えます。 それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。』

黙示録 20:7- 9
『しかし千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海べの砂のようである。彼らは、地上の広い平地に上って来て、聖徒たちの陣営と愛された都とを取り囲んだ。すると、天から火が降ってきて、彼らを焼き尽くした。そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄の池に投げ込まれた。そこはも、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。』 



(4) 善と悪の相克時代におけるクリスチャンの使命
 人の心の中に、善と悪の相克が生じたのは、「エデンの園の中央にある善悪の知識の木の実」(創世記2:9)を食べたことによる。神によって創造された最初の人であるアダムとイブは、「蛇」(悪魔サタンの化身)にそそのかされ、神によって食べることを禁じられていた「エデンの園の中央にある善悪の知識の木の実」(善悪を知るようになる木の実)を食べたことにより、神から離れ、霊的に死に、それ以来、人自身の意志で、『神の側につくのか、悪魔サタンの側につくのか』 を決めることになった。つまり、神の側についたクリスチャンの「敵」、クリスチャンを「迫害する者」とは、善と悪との相克類型 A~C の本源(背後)に蠢(うごめ)く、悪魔サタンであり、悪魔サタンに取り憑かれている自称ユダヤ人黙示録2:9同左3: 9)・パリサイ派ヨハネ 8:44)・ヘロデのパン種マルコ8:15)という主イエス・キリストを否定してローマ帝国の当時の慣習であった十字架の磔刑に処し、現在も頑固に否定しているユダヤ人たちの極少数派の抱く「悪魔崇拝の思想」(「タルムード」「カバラ」の一部の思想)を土台とする政治的・宗教的な組織勢力に他ならない。ちなみに、主イエス・キリストと、悪魔サタンに取り憑かれた律法学者・パリサイ人たちとの、宮(神殿)における論争内容は、ヨハネ8:1- 59に示されている。但し、イエスがキリストであることを否定する、ユダヤ人たちは、自らが擁立した不法の人(666の獣)によって大量虐殺される事態に陥り、7年間続く大患難期の後半に自らの過ちを悔い改め、イエスをキリストとして受け入れ、最終的には救われることになる。

ヨハネ 8:43-44
あなたがたは、なぜわたしの話していることがわからないのでしょう。それは、あなたがたがわたしのことばに耳を傾けることができないからです。あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望(主イエス・キリストを殺そうとすること)を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。のうちには真理がないからです。が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら偽り者であり、また偽りの父であるからです。』

 主イエス・キリストは、この場面で、ユダヤ人の律法学者・パリサイ人を「悪魔から出た者」「人殺し」「真理がない」「偽り者」として糾弾し、言動による断罪をはっきりとおこなっている。しかし、このような糾弾も、すべてマタイ5:44にある『自分のを愛し、迫害する者のために祈りなさい。』 を前提とする、愛のある糾弾である。一体、誰が、パリサイ人たちを激しく糾弾した主イエス・キリストの言動に「愛が感じられない」 「二枚舌のウソつき」 「言行不一致の男」だと言うのだろうか? そのように宣伝する人は、「悪魔から出た者」であろう。 真のクリスチャンは、主イエス・キリストのごとく、神への愛に基づく断固たる勇気をもって、「悪魔から出た者」たちを糾弾し、愛に満ちた平和な世界、即ち、神の御国のために闘わなければならない。



公開2012(平成24)年8月9日(木)16:00
saintsfellowship@outlook.com 聖書伝道会


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