2015年12月28日月曜日

『 イルミナティ 3 』



イルミナティ 「夜の妖精」 クロチルデ・ベルソーネ (別名シスター・マリ・エメリー
伝記本 『 悪魔に愛された女 』 2000年 成甲書房 林陽 訳 要約文


★ 1 ★  フリーメーソンのひとり娘
 私が3歳の時に父と母が激しい口論の末に離別し、母は自分の再婚を考慮して、私をボルシェビキと呼ばれる共産主義者の寄宿学校に入れた。 ここで6カ国語をマスターして特待生になったが、17歳の頃には無神論者と化していた。 この頃に、6年間何の連絡も無かった父から手紙が来て、トルコの首都イスタンブールで一緒に住むことを求める手紙を受け取った。 私は、意を決して、イスタンブールに行き、父と暮らした。

 1874年12月、冬のイスタンブールでの生活は、父に対する不信感ばかりを募らせた。 父は、「フリーメーソンに関係した仕事をしている」という。 しかし、当時のトルコは、フリーメーソンを含む一切の秘密結社の活動を禁止していた。 このため、フリーメーソンから父への連絡は、毎週金曜日の夜遅くに、家の周りの生垣から不思議な音を鳴らす形で行われていた。 父は、不思議な音が生垣から聞こえてくると身支度を調えて出かけ、朝の5時まで家に戻ることはなかった。 このため、「父は、どこかの女と密会しているに違いない」と考えていた。

 父は、私にフリーメーソンへの入会を求め、「フリーメーソンを率いるイルミナティは、崇高な生き方を求める著名人・思想家・教養人の集まりだ」 と説明したが、父の言葉を信じられなかった。 なぜなら、フリーメーソンの反キリスト教の教理・ 全ての宗教の破壊と支配・ イタリヤのカルボナリ党の革命支援といったフリーメーソンの宗教と政治の戦略を知っていたからだ。 また、イスタンブールにあるイルミナティのグランド・ロッジは、全世界にある他の6つのグランド・ロッジとつながりを持ち、薔薇十字団・マフィア・その他の秘密結社とも関係を持っていることも知っていた。

 父から 「綺麗でプライドの高い、おまえのことを思ってしていることなのだ」 という言葉を聞いた時、私は「父が私をフリーメーソンに売り飛ばす計画を立てているのではないか」 と感じた。 このため、一人でホテルに住むことを決め、父の勧誘をかわそうとした。

 このような時、父は私に「博打で6万リラもの大金を失った」と告白した。 そして、「イルミナティのグランド・ロッジの前の指導者だったアラー・ベルディが、父の負債を肩代わりしてくれたが、私がイルミナティのグランド・ロッジに入会することが条件だ」という。 今のグランド・ロッジの指導者は、バウ・アーメドであり、後にアーメド・カイゼリ・パシャと改名した。 だが、父が私を陥れようとしている溝の深さが、どれほど大きなものなのかについて、この時の私には知る由もなかった。

 父は、私に「誰も居ない昼間にグランド・ロッジに連れて行く」と言った。 父は「誰も居ない昼間にグランド・ロッジを見学させたい」と考えたらしいが、私は「父が初めから何もかも計算しているのではないか」と疑った。


★ 2 ★  イルミナティの神殿
 世界のグランド・ロッジは、みな同じ様式に沿って建てられている。 私が父に連れられて最初に足を踏み入れたのは、東洋で「アヴリー」と呼ばれる広い控えの間だった。 この上にも下にも、イルミナティにしか開かれていない秘密の部屋がある。 右側には入会者が審査を受ける「黒い部屋」がある。 左側にはイルミナティがロッジに入る前に、エプロン・ トーガ・ 長衣を着用する「衣装室」がある。 声が外に漏れないように ロビー・ 控室のドア・ 壁には詰め物がしてあった。 私は、父に 「後ろめたいことがないなら、どうしてこんなことをするの?」 と質問したが、父は何も答えなかった。

 本殿に入ると、豪華な調度品を備えた天井の高い美しい広間だった。 入口のドアから2mほど離れて骸骨が立っており、「これで大人を脅すのか」と思うと笑いが込み上げてきた。 しかし、広間の中央に置かれた真っ白な大理石で造られた龍の像を見たときに、驚きのあまり身動きができなくなった。 龍の像は、威嚇するように寝そべっており、七つの頭が付いていた。 頭はライオンに似ているが、よく見ると人間の頭のようでもある。 頭はみな違っており、角の付いたものもある。後ろ足は教皇の三重冠を踏みつけ、前足は国王の冠を粉々に砕いていた。 言葉には言い表せない生命力が龍の像から発散していた。 龍の視線が私に向けられ、虜になった感覚さえ覚えた。 父は、困った様子で龍の像から私を引き離そうとした。 「これは、龍、ヒュドラだ」と告げると、力づくで私を引き離した。 私は、神も悪魔も、天国や地獄に居る超自然的存在も、悪魔祓いも、呪文も信じていない無神論者だったので、七頭龍の像が私の心に神秘的な力を及ぼしたことを認めたくはなかった。 だが、夢にも似た朦朧たる意識が私を捕えて離さなかった。 この時、父が「私は、おまえが選ばれた支配者、イルミナティの女王になると言われても驚かなかった。 おまえは父である私を超え、私たち全員を超えるのだ!」 と言った言葉に、どれほど私が驚かされたことか!

 七頭龍の像の上の方にジュゼッペ・マッチーニの肖像画が見えた。 そして、カルボナリ党の最高指導者・新しい「高イルミナティ」の一派を開いた指導者の最高議長と示されていた。 イルミナティが全てのフリーメーソンを支配しているのだ。 肖像画のマッチーニは、イルミナティのグランド・ロッジの「グランド オリエント」(大東社の大監長)の衣装である緋色のマントを着ていた。 マッチーニ自身は、ここにあるのと同じ七頭龍の横に立っている。 そして、不気味な笑いをもって両手で王冠を引き裂き、足元には何人かの国王と司教たちの首が転がっている。 マッチーニの脇には女が居て、一方の手に血を満たした鉢を持ち、もう一方の手に蛇の巻きついた地球を持っている。 これを見るなり身震いを起こした。 この女が自分自身に思えてきたのだ。 父の顔色は蒼白になっており、「その通りだ。妖精が2人いたが、2人とも死んだ。 だから、グランド オリエントは、死ぬことのない3人目の妖精を求めているのだ。 龍の名のもとに語る妖精を」 と言った。

 私は泣き出して、「怖いわ! もう出ましょう!」と告げたが、これを無視して、父は広間に明かりを灯した。 無神論者の集うロッジには相応しくない十字架が総裁の椅子に付いており、広間の両脇には3本ずつ列柱が立ち並び、その中央に7本目の柱が立っていた。 また、半円テーブルを3つの椅子が取り囲み、その後ろには学校の教室のように長椅子が並んでいた。 私は、裁判所のような広間の構成に気を動転させ、もう何も聞きたくなくなった。 父は、私を家に連れ帰った。


★ 3 ★  快楽集会の夜
 家に帰ると、私は全身の力が失せ、しばらく口がきけなくなった。 私は「父によってイルミナティに売り渡され、運命を決められてしまった」 と感じた。

 しばらくして、トルコのグランド・ロッジの指導者 アーメド・パシャが、「フリーメーソンの集会前に私に会いたい」と申し出てきた。 彼は80歳だったが、東洋的なギラギラした調度品に囲まれて王様のような生活をしており、300人の女性から成るハーレムを持っていた。 女性の大部分は奴隷だ。 ターバンを頭に巻いたパシャは、凶暴で無慈悲な将軍であり、スルタン・アブル・アシスを退位させてから殺害したが、私の知性・教育・才能を称賛し、「女がフリーメーソンの高い階級に迎え入れられることは例外なのだ」と強調した。 また、「以前、2人の女が選ばれたが、ロッジの名誉を損なった」と語った。

 パシャと会った翌朝、パシャからダイヤのネックレスが送り付けられた。 この時、父が私を最初からパシャに売り渡していたことを知った。 私は、父に憤慨したが、1875年1月22日の集会に行くことを決意した。 やがて、フリーメーソンの集会日が到来した。 父に伴われて夜11時に集会の会場に入った。 全ての椅子は満杯で、全員、龍の獣に似た馬のマスクを着けている。 私だけが、この仮装集会から外され、皆から顔を見られるだけで、誰の素顔も見ることができなかった。 会場で会議が始まった後に私が喋ると、父は私の唇に指を押し当て、「隠れた書記が居て、どんな小さな声も聞きもらさない会場構造になっている」 と言った。

 会場での会議が終わると、パシャから午前3時に「アブリーの間」で開かれる夜会への誘いを受けた。 父は、ロッジの真下に在る地下室へ私を連れて行った。 既に全員が仮面を外していた。 トルコ煙草のフーカーの臭いがたちこめ、酒に酔った人々の中で、私はパシャの隣の席に座った。 誰一人としてイスラム教の戒律である禁酒を守っていなかった。 朝の6時になっても宴会は終わらず、やがて、多くの女性を連れ込んでの乱交場と化した。 家に帰る馬車の中の父は終始無言だった。 私は、忌まわしく馬鹿げた快楽に耽っている秘密結社などに入りたくはなかったが、悲しむべきことに「ある力」が私にのしかかって、それが私の心をつかんで放さなかった。

 ある晩、ロッジでの旗の繕いを手伝ってくれるように父に頼まれた。 何かの企みを感じたが、父の誘いに応じてロッジに向かった。 ロッジでの旗の繕いの最中に父がこっそりと部屋を抜け出したのを見て、密かに父の後をつけたが途中で見つかってしまい、部屋に戻るように言われた。 私は父に「一緒に行かせて下さい。 秘密結社の裏側を知りたいのです」と言うと、父は私がついてくることを許した。

 錯綜する下り階段を通って深い地下室に辿り着くと、・・・ 血まみれの首・両腕・両足、血塗られた大きな人形と短剣が床に転がっている。 父は、殺人儀式に使う人形を調べるために深い地下室に来たのであった。 深い地下室は、生きた人間を教皇や国王にあしらった人形の中に閉じ込め、人形の中の人間を短剣で刺し殺して、その血を悪魔に捧げる場所だったのだ! 私は、フリーメーソンの恐ろしさに気が狂いそうになった。 この瞬間、あの七頭龍が霧の中から立ち上がってくる幻影を見るなり、気を失って床に倒れた。

 数時間後、私は自宅のベッドで目を覚まし、「全てをトルコ警察に通報しようか」とも考えた。 トルコ警察は、ブユク・デルに在るグランド・ロッジか、ガラタで、父とパシャを逮捕するだろう。 私は恐ろしい殺人儀式が、外部の手の届かぬ秘密の地下室で行われていることを知ってしまった。 そして、フリーメーソンが、おぞましい秘密を固く守っている理由も理解した。 もし、秘密を洩らせば、あのように殺されるのだ。

 父は私が発狂したと思って泣いていたが、その涙は私へのいたわりではなく、父自身がフリーメーソンに殺されることを恐れていたのであった。 父は、「おまえに耳など貸すんじゃなかった。イルミナティの入会審査を受ける前に儀式の秘密を知ってしまったことが、もし、グランド オリエントに知られたら、おまえは拷問室で殺されるか、ハーレム行きなのだぞ」 と語った。

 その夜、「ボスポラス海峡に出て、海の風に当たってみてはどうか」と父に言われ、父と一緒にセラペイア行きの客船に乗った。 夜の海面の神秘が私を誘っているようだった。 深海に抱かれる幸せを思いながら、私は夜の海中に身を投げた。 私は父に救助されたが意識を失っており、8日間、生死の境をさまよった。 アーメド・パシャは、毎日のように私の容体を尋ねてきた。

 ようやく健康を回復した私は、イタリヤへ帰してくれるよう父に懇願した。 父は私に連絡を取り続けるように求め、ロッジに別れの挨拶をするように言った。

 真っ先に挨拶をしなければならなかったのは、あの吐き気を催すパシャだった。 パシャは、別れを惜しんだが、入会に関する話をせず、「あなたはパリで我々の一員になるように求められている。パリに異議があれば喜んでお答えしよう。 パリは間違いなく、あなたを虜にする」と語った。 「絶対に嫌です!」と私はあらん限りの声を張りあげた。 パシャは、「私以外に信頼できる人間がいないのだ」と釈明しながら、「別れのしるしに、ギリシャにあるトルコ大使館に文書を渡して欲しい」と私に依頼した。 私は罠を感じてパシャの目を睨みつけたが、パシャは5つの封印をした厚い包みを静かに差し出した。 私は奴隷のように受け取るほかなかった。 パシャは、イルミナティの挨拶である合図をして私に教え、ユダヤ教のラビの言葉使いで、「霊がそなたを守り、我らのもとに戻さんことを。 おお、輝かしくも力ある、選ばれしイルミナティの妖精! そなたは女のうちより、龍に選ばれし者なればなり!」と祈った。

 私は、この2週間後、客船セジャンティック号に乗り、ギリシャのアテネに向かった。 この時には、「グランド・オリエント」パシャの密偵に尾行監視されていることを知らずにいた。 包みをアテネのトルコ大使館に届けたので、イタリヤのジェノヴァに着くまでに1カ月以上を要した。 ジェノヴァの港では、母が私を待っていた。 しかし、私が父と暮らしていたため、母の対応は冷淡だった。

 イタリヤでの2カ月間を暮らすうちに2人の若者からプロポーズをされた。 また、裕福なダニエル伯爵が私を見染めた。 ダニエル伯爵は、「母から逃げて一緒にパリに行かないか」と私を急き立てた。 しかし、イルミナティを告発することが私の使命だ。 それは、アーメド・パシャからの手紙をイタリヤで待つことを意味した。 ついに、パシャからの手紙が届いた。 「特別に尊い地位をあなたに提供できます。 私の友人が教養のある上流階級の女性を求めています。 仕事の内容などについて、パリで私とお話しをしましょう」と書いてあった。 私が手紙を読み終えると、ダニエル伯爵が私の室内に入ってきた。 フリーメーソンであるダニエル伯爵は、私の父からの指令を受けて、パリに行くことを求めていたのかもしれない。

 ダニエル伯爵は、私の手から力ずくで手紙を奪い取ると、すぐにイルミナティのシンボルを見分けた。 「なんということだ。グランド・ロッジのお偉方ではないか!」と声を上げた。 そして、「夜が明けたら、一緒にパリに発とう」と言うので、私が「評判を損なわぬように私一人で行かねばならない」と告げた。 すると、ダニエル伯爵は、欲望をむき出しにして力ずくで私を犯した。 私の心はダニエル伯爵に対する憎悪と復讐に満ち溢れた。 私を奴隷のように扱い、力ずくで私を犯したのだ。 私の名誉は永遠に損なわれた。 その夜、怒りと絶望の中で号泣した。

 翌朝、私はフリーメーソンになることを決意した。 私が「悪魔の妖精」になることを望んだのは、彼らである。 私は、イルミナティの権力を握り、彼ら全員を地獄に突き落とすことを決意した。 これからの私は、神・愛・家族・慈悲を捨てて生きる。 私は「復讐と憎悪が私の神です!」と悪魔に誓おう。 そのとき、私の骨の髄にまで響く、うつろな声が聞こえた。 「まさしくそうだ! 復讐と憎悪が、おまえの名前なのだ!」


★ 4 ★  ガーフィールドの密意
 私は、イルミナティの最高指導者たちに会いたいと思っていた。 私と私の愛人のダニエル伯爵は、翌日の昼、パリへ向けて旅立ち、1875年1月29日にパリに到着した。 ダニエル伯爵は、フリーメーソンのほとんどを知っていた。 

 私の父も、ダニエル伯爵も、私的な動機によっては動くことができず、悪魔の意思を遂行する奴隷に過ぎない。 それは、トルコで私が抵抗を試みながらも、かなわなかった悪魔の心霊力だ。

 パリに到着した夜、私たちは低俗な場所として有名な芸術家クラブに出向いた。 そこでのダニエル伯爵は、私のことをガールフレンドとして人々に紹介した。 私は、紹介される度に、トルコのグランド・ロッジの最高ロッジである「グランド オリエント」から来たことを、それとなくほのめかした。 突然、一人の男が眼鏡を上げて、「あなたがアーメド・パシャから遣わされた方か」と囁いた。 この男は、ダニエル伯爵に、この場を退くようにフリーメーソンの合図をした。 男の名前は、ジェームズ・ガーフィールド。 米国大統領になる6年前のことである。 ガーフィールドは、米国で暮らすのと同じように多くの時間を欧州のロッジで過ごし、ついに、フランス・イルミナテイの「グランド オリエント」に就任したのだった。

 この名高い有力者は、私の前で恭しく頭を垂れ、「お話しなくてはならないことがあるのです。ご一緒して頂けますか」と述べた。 私たちが特別室に移動すると豹変して暴君になり、「芝居は終わりだ! おまえは私の手中にあるのだ。その理由を説明してやろう」と言った。 私は驚いて抵抗をしたが、ガーフィールドは話を続けた。 「おまえが、アテネのトルコ大使館に運んだ文書は、フランス政府に漏れ、大騒ぎになっている。 フランスと東洋の関係が一番緊迫している時に、それを爆発させる火薬のような文書をおまえが運んだのだ。 おまえがあの文書を運んだことをフランス政府が知ったら、このハネムーンも終わりだ。 だが、恐れることはない。 抵抗せずに言うことを聞けば、我々は、おまえの最も熱心で忠実な部下にもなる。 我々は、おまえだけが特別な任務を遂行できると信じている。 おまえの美貌も若さも全てを我々に捧げるのだ。 誰かを殺さなければならないとしても恐れるな。 我々が、おまえの命を救ってやろう! アーメド・パシャも言ったはずだ。 我々を導く大いなる力から抜け出られる者は一人もいない。 抵抗をあきらめて我々に加わるか死ぬかを選択しなければならない。 生きて我々に加わることだ。 そうすれば、おまえの魂が求める怪奇・権力・名誉・喜びといった全ての願望は満たされ、人類の最も重要な仕事に加わることができる。 それに、我々の女王として我々の運命に審判を下すこともできるのだ。」

 つまり、ガーフィールドは私に「悪魔の娼婦として、悪魔に憑かれた殺人者たちの上に君臨せよ」と言っているのだ。 そして、私をマッチーニの横で彼を操る全能の妖精になぞらえた。

 「ガーフィールドなら、私と一緒に、あの凶悪な七頭龍にくつわを嵌める手伝いができるかもしれない。」  私は、この考えに思わず笑みを漏らした。 彼も笑みを返して、不気味な会合は暗黙のうちに合意に達した。 ガーフィールドは、シャンパンを注文したが、それを飲み干したとたん、めまいに襲われた。 それから、ガーフィールドは酔うに任せて私を犯したのである。 ガーフィールドは、真夜中近くになって私をホテルまで送り届け、別れ際に「呼んでくれれば、すぐに応えよう。連絡を待っている」と言った。 傷ついた自尊心と怒りで胸がいっぱいになり、「私を辱めたことに復讐を遂げよう」という思いに私の胸は熱くなった。

 翌朝、ダニエル伯爵がドアをノックしたが、私を辱め、他の男にまで引き渡した卑劣な行為に怒りが収まらず、ドアの鍵を開けなかった。 その後、フランス・イルミナティの「グランド オリエント」であるガーフィールドに手紙を書いた。 私は「ガーフィールドを利用してイルミナティに復讐を遂げよう」と思った。

 美容師を呼んで髪を整え、できる限り綺麗に見せるようにドレスアップし、念入りにメイクをした。 そして、約束の日時に、フランスのグランド・ロッジのあるゴールデンハウスに向かった。 ガーフィールドは、既に待っており、私に丁寧な挨拶をした。そして、華麗なスイート・ルームに私を案内した。 そこで、BGMを聴きながらワインとパスタを前にして対話を始めた。 私が「私のような年頃の娘は、殿方に花をもらったり、熱く見つめられることの方が、深刻に考え込むことよりも好きなのです」と話すと、ガーフィールドは急に怒りだした。 「黙れ! 酔って愛したのではない。決心させるために計算づくでやったことだ。 我々の徳は愛ではない。 プライドと憎しみだけだ。 私は出世のためにしか行動しない。 愛などが入る余地は、これっぽちもない。 愛を持ったところで臆病になるだけだ。 私には憎しみしかないのだ!」と怒鳴った。

 私は、ガーフィールドの冷淡な人間性を知って言葉を失った。 続けて、「おまえを選んだのは私ではない。 最後まで無条件に従うと約束しなさい。 止めたくなったら私に言うだけでよい。 私が一切の責務から解いてやろう」と言った。 これは、「私がフランスに暗殺・テロ・革命を持ち込んだ犯人としてフランス政府に逮捕され、その冤罪の渦中で殺される」という意味である。 そこで、私は「イルミナティの長くかかる審査を省けるように、あなたに身を委ね、決心を変えることなく、あなたに従います!」 と答えた。


★ 5 ★  殺人入団式
 私がイルミナティに入会するためには、その所定の儀式を無事に通過しなければならない。 その儀式場となるフリーメーソンのロッジ所在地は秘密だ。 だから、ガーフィールドは、私を馬車に乗せてリヨン駅に向かって出発するや否や、私に目隠しをし、私の全身を外套で包んだ。わざと遠回りをした馬車行は、2時間半もかけてロッジに到着した。 次に、私は頭からすっぽりとショールを被せられ、建物の中の階段を何度も昇り降りさせられた後、衣装部屋の中で目隠しを解かれた。 ガーフィールドは、この部屋の壁に隠してある呼び鈴を7回・3回・1回の順序で鳴らした。 7・3・1は、仲間を識別する符号だ。 壁のドアが開いて中に入ると、そこは円形の広間だった。 銀のモールで縁取りされた絹の布で広間一面が覆われ、まるで葬儀場であった。 中央の机を囲んで黒衣の6人の男たちが立っていた。 ガーフィールドが総裁として中央の椅子に座った。 見渡すと、結社の議事録を収めた持ち出し禁止の本が金属で縁取りされ、鎖で床に繋ぎとめられている。 また、片側に骸骨が立っており、キリストを侮辱して汚すための十字架も置いてある。 

 全員で15分間の黙祷をしてから、ガーフィールドが口火を切った。 「親愛なるクロチルデ・ベルソーネ嬢をあなたがたに紹介できることを光栄に思う。 彼女の履歴については既にご存知であろう。 彼女は既に最高権力者のアーメド・パシャによって結社への加入を許されている。 彼女はメンバーとしての責任を遂行するに相応しい資格を備えている。 諸君は、クロチルデをフリーメーソンの最高位階にすぐさま昇らせることに賛成するか?」 と尋ねると、全員が賛成した。 それから、私が神を憎み、悪魔崇拝を受け入れたことを確認する尋問が続いた。
 1.「どの宗教に属しているか?」---------------「どこにも属していません。」
 2.「洗礼を受けているか?」-----------------「はい」
 3.「洗礼によって何らかの性質を授けられたと思うか?」----「いいえ」
 4.「神を信じるか?」--------------------「いいえ」
 5.「いかなる動機に動かされてロッジに入ったのか?」-----「憎悪と復讐です。」
 6.「与えられる指令の全てに従うと約束するか?」-------「はい」
 7.「実の父・母・兄弟姉妹・親友であれ、ロッジに敵対する者がいれば、あなたは殺さなければならない。」  それから、投票に移った。 各自は、私に見えるように投票箱の中に赤い玉を投げ込んだ。 賛成票は6票、反対票は1票であり、反対票を投じたのはガーフィールドだった。

 この後、3日間、本も何も無い小部屋に鍵をかけられて閉じ込められることになった。 食事は小窓から差し出された。 3日目の真夜中に、7・3・1のノックが2回聞こえた後で、ガーフィールドが死刑執行人のような態度で中に入ってきた。 そして、「おまえが、長くて不愉快な階段を通らずに、ロッジに入れるようにしてやった。 私がブラザーたちの前で、おまえのことを保証してやったのだ。 私が、このことを後悔することのないように行動するのだぞ」と言ったので、私は「頼んだ覚えなどありませんわ」と力を込めて言うと、彼は怒りの色を見せながらも言葉を呑み込んだ。 それから、衣類を手渡され、「シュミーズを着たら、首に縄をかけ、裸足のまま、髪を結わずに待っていろ」と告げられた。

 シュミーズを見ると鮮血に覆われており、戦慄を覚えた。「イスタンブールのみならず、パリのど真ん中でも殺人儀式が行われているのか。 ここで私が死んでも誰も気づかないだろう。 今まで、どれほど多くの女たちが殺されたのだろうか?」と考えたが、全ては後の祭りだった。 しばらくすると、目隠しされてロッジに連れて行かれた。 不気味な音楽が鳴り響き、鎖がジャラジャラと音をたてた。 突然、誰かが私の頬を強くはたいて、私をひざまづかせ、背中をのけぞらせた上で、短剣を喉に突き当てた!  このようなつらい姿勢のままで誓約しなければならなかった。
 1.私は、理由を尋ねることなく、ロッジの指令に盲目的に従うことを誓います。
 2.私は、フリーメーソン以外の如何なる宗教にも所属しないことを誓います。
 3.私は、如何なる影響にも屈せず、ロッジの目標に向けられる如何なる敵意も突き崩すことを誓います。
 4.私が、この誓約を破った場合、今突き立てられている短剣が私を刺します。
(フリーメーソンのグランドマスターのロスチャイルド氏も、首を切り裂かれて死んでいるのを発見された。彼は24歳だった。この殺人事件では誰も裁かれていない。)

 最後に、ガーフィールドが私の腕の静脈を切った。 滴り落ちる血液をグラスで受け止めた後、傷口に包帯をした。 そして、彼らは、私の血液に米を混ぜて飲み干した。

 殺人儀式は、新参者が悪魔の好意を得るために行う儀礼だ。 悪魔が最初から人殺しであったことを思い起こしてほしい。  ヨハネ8:44 『あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。 悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。 彼のうちには真理がないからです。 彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。 なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。』 

 殺人儀式の犠牲者の涙ながらの命乞いに直面して同情心を起こしたりしないように、殺人儀式の犠牲者は人形の中に閉じ込められている。 ブラザーたちは、私に短剣を持たせ、人形の前に導いた。彼らは「この人形は冠をかぶせた死体に過ぎない」と繰り返した。 そして、全員がヘブライ語の呪文を唱え始めた。 呪文が終わると、「グランド オリエント」のガーフィールドが命令文を読み上げ、全員で「彼女は呪われた!」と歌唱した。 歌声が止むと、ガーフィールドが人形を指さして「突き刺せ!」と私に命令した。 部屋全体が、ぐるぐると回転しているような気分になり、冷や汗でびっしょりになった短剣を振り上げた。神経性の震えが全身を襲った。

 ガーフィールドは、三脚台の上にある青銅の鉢に芳香性のハーブを投げ込むと、大きな炎が燃え上がり、煙が室内に立ちこめた。 ブラザー全員が短剣を抜いていた。 全員がイニシエーションの時に殺人を体験済みなのだ。 私を殺そうとしているようだ。 私は、人形の上に置かれた蠅の飾り物に焦点を合わせて、甲高い狂った笑いとともに短剣を振り上げ、哀れな人間に突き刺した。 熱い鮮血が吹き出して、私の両肩に飛び散った。 私は罪悪感の中で床に崩れて死んだようになった。 ついに殺人者になったのだ。 彼の血は永遠に私の良心を苛むだろう。

 グランドマスターが私の身体を起こし、2人のブラザーが生贄に使われる衣で私を包んだ。 ガーフィールドが私の耳元で「跪いて魔神ルシファーを崇めよ! おまえ自身を託すのだ」と囁いた。 だが、ルシファーと呼ばれる悪魔サタンに犠牲を捧げたにもかかわらず、悪魔サタンが神であることに疑いを抱いていた。

 しばらくしてから、ロッジの女が着る豪華な衣装に着替えると、神殿に連れ戻された。 神殿の広間の全てのシャンデリアに火が灯り、全ての座席が埋め尽くされていた。 グランドマスターに導かれて半円テーブルの前に進み出ると、「グランド オリエント」のガーフィールドから秘密結社の規則を印刷した文書と500フランの為替を手渡された。 ブラザー全員から祝福された後に、半円テーブルの端にある火鉢の前に連れて行かれ、火鉢を守る軍曹が「跪き、刻印を受けよ。 これは真の統一の子、公の友(フォルクス・フロユント)を群衆から見分けるためのものである」と言うや、白熱した鉄の塊を私の左のこめかみに押し当てた! 肉は焼け爛れてジュウジュウと音を立て、焼けた肉の臭いが漂った。 鎮痛薬の湿布を患部にあてがわれて痛みを感じなくなったが、この「獣の刻印」に永遠に耐えなければならない。

 この後、七頭龍の石像に忠誠の誓いを立て、ブラザー全員に友情のキスをしなければならなかった。 これが済むと、名誉の座に着くことを許された。 30分間も花が私に降り注ぎ、音楽が演奏された。 これに引き続いて、「異教の愛」または「死の祝宴」と呼ばれる酒池肉林・同性愛・酒乱淫行の狂宴が4時間も続いた。

 しかし、イルミナティの「内なる大啓発」とは何なのか? 七頭龍こそ、ロッジの本当の支配者であるが、今こそ姿を現すべき時ではないのか? ガーフィールドは、私がショックを受けていることを知っていた。 そして、別れ際に言った。 「いつか、あなたの中に霊の声が響く時が来る。 その時こそ、真のイルミナティになったという感覚になるだろう。 今度の金曜日の夜に会おう」


★ 6 ★  女密使の誕生
 私の自責の念は予想以上に大きく高熱を出して寝込み、1カ月間ベッドに縛られた。 ガーフィールドは毎晩訪問してきて私の体調をチェックした。 フリーメーソンの集会は、ユダヤ教の安息日である毎週金曜日の夜11時に開催されるが、これに出席できなかった。 ようやく出席すると、フリーメーソンは、私に外国の都市にあるロッジに情報や指令を伝える伝令の任務を繰り返し与えた。 私は未亡人を装い、偽名を使って外国を旅しなければならなかった。 相手を識別する合図も教えられた。 例えば、私が2・8・4・6・0 と偶数の数字を言えば、相手は1・9・5・7・1と奇数の数字で答える。 最初の数字が基数で、残りの数字は基数に従って加減できる。 また、ドイツ領事館に1万フランの現金を運んだが、広告宣伝費・賄賂・暗殺の返礼金・その他の何かなのか全く分からない。 

 しかし、フリーメーソンの主要な仕事が世界各国の政府の諸政策を操作することにあると分かった。 そして、キリスト教に対する憎悪を抱くイルミナティの諸政策の最終目標は、世界独裁にあることを確信できた。 私がフリーメーソンの任務を通じて得た知識には世界各国の政治動向がある。 例えば、ビアコマ・アントネッリ枢機卿は、教皇ピオ9世に次ぐ国務大臣の地位にあった。 彼は、最近死んだロッシによって追放された教皇ピオ9世のガエタ帰還の手はずを整えた。 また、1850年4月12日に教皇制度を復興する手助けをした。 フランスを乗っ取ろうとしたグレヴィーフェリーガンペッタ、その他のフリーメーソンの宿敵は、このアントネッリ枢機卿教皇ピオ9世だった。 なぜなら、この2人が世界各国における反フリーメーソンの保守的な政治運動を鼓舞していたからだ。 フランスの保守派のマクマオン大統領も、倫理観の強い人間で反フリーメーソンの立場であった。

 ヨーロッパとアジアの「高イルミナティ」がライバル関係にあることを理解した。 世界各国の「グランド オリエント」たちの間にも意見の違いがあり、それぞれが自分の主張を拡張して相手を打ち負かすことを望んでいた。 例えば、ガーフィールドはフリーメーソンのために米国の乗っ取りを主張していたが、他の「高イルミナティ」は、米国に無関心で、ドイツがヨーロッパの中で優勢になることを望んでいた。 ガーフィールドの宿敵は、ドイツ・イルミナティのビスマルク首相であった。 私も、いつか、ガーフィールドビスマルクか、どちらか一方を選択しなければならない。

 私は「全てを憎め」というフリーメーソンの律法に従って、余りにも長く私に干渉したガーフィールドに復讐することを誓った。 ロッジ内のブラザーは、公私混同して私的利益を求めるガーフィールドを敵視し始めていた。 ガーフィールドは、私がダニエル伯爵と交際していることに嫉妬して、「ダニエル伯爵との関係は不潔だ」と非難したが、私はダニエル伯爵に何の価値も感じていなかったので、貢ぐだけ貢がせていた。 ダニエル伯爵は、私がガーフィールドとイタリヤに行くことを知ると激怒したが、反対すれば、地下牢に入れられて死ぬしかないため、彼は非常に苦しんだ。

 私は、ダニエル伯爵を尻目に、ガーフィールドとイタリヤに旅立った。 イタリヤ・イルミナティのヴィットリオ・エマヌエレ二世に会い、フランスの新左翼党首を応援させ、保守派のフランス大統領 マクマオンを失脚させるためだ。  私は、この旅行の間、ガーフィールドを何度も泥酔させてイルミナティの秘密を聞き出そうと試みた。 私が七頭龍の話題を持ち出すと、ガーフィールドの顔に恐怖の色が浮かび、何かを喋ろうとしたが舌がもつれて喋れなくなった。 それから、口から泡を吹き出して私の足元に倒れ、癲癇のような発作に見舞われた。  翌日、「神経衰弱になったのですか?」とガーフィールドに聞くと、急に青ざめて部屋を出た。  ガーフィールドは、自分の魂を支配している悪魔ルシファーが、いつでも彼を倒せることに怯えきっていた。


★ 7 ★  悪魔の聖週間
 聖週間とは、ローマ・カトリック教会において4月の復活祭の前日までの1週間を指し、イエス・キリストの受難と贖罪死を偲ぶ聖週である。 私は、聖週間の火曜日にロッジに呼び出され、木曜日までにローマ・カトリック教会から15個の祝別されたホスチアを盗んでくるよう指令を受けた。 ホスチアは、キリストの霊的な体(聖体)を象徴する薄く焼き上げたパンであり、ローマ・カトリック教会の信者は、司祭から聖体を拝領する。 つまり、ホスチアを舌に受ける。 古来から黒ミサ・黒魔術・悪魔集会では、盗んだホスチアを用いてキリストを冒涜する悪魔崇拝を行ってきたので、このような冒涜行為に憤りを覚えた。 「司祭の祝別を受けていないホスチアを買って、この場を取り繕おう」と思ったが、ロッジの尾行監視員と七頭龍の透視力を恐れた。 知られたら最後、悪魔ルシファーの実体である悪魔ベルゼブブの七頭龍に捧げられる生贄にされてしまう。 仕方なく水曜日と木曜日の朝、カトリック信者の列に紛れ込み、聖体拝領の際、舌でホスチアを受けて廻った。 口蓋に付着しないように、口を酢ですすいでおくよう注意を受けていた。 私は大急ぎで、この恐ろしい仕事を終わらせた。

 木曜日の真夜中前にロッジに集合するよう召集カードを受け取った。 これは、自分が高級会員として扱われていることを示すものだ。 午後10時半にグランド・ロッジの地下2階にある衣装室に入ると、「夜の妖精」の名が打たれたドレスが何着か用意されていた。

 パリのグランド・ロッジの構造は、とても複雑に設計されている。 3階構造をしているが、最上階は実際には地表面にあり、窓も明り取りもない。 各階のホールを貫いた螺旋階段があり、地上にあるゴールデンハウスとイギリス珈琲館へとつながっている。 各階のホールには全体を見下ろせる張り出し部・桟敷がある。 最上階のメインホール入口の両側には、帽子と外套を置くために金箔を張った椅子とテーブルが2列になって並んでいる。 メインホール入口の左側にはトイレ、右側には隠し部屋である「黒の部屋」がある。「黒の部屋」から螺旋階段が地下に在る2つの階を貫いて地下4階の恐ろしい「地下牢」に通じている。

 最上階のメインホール入口から控えの間を抜けると、大きな扉を通って本殿に入る。 本殿の出入口に1体の骸骨が立っている。 本殿の両側に列柱3本、中央に1本の計7本が立っている。 列柱の後方に椅子の列が裁判所のように並んでいる。 本殿中央の奥に大理石の七頭龍の像がある。 本殿右側に倉庫・衣装室・監視用の格子窓、本殿左側に「赤の部屋」があり、この部屋で私が儀式殺人を経験させられた。

 また、3つの「緑の部屋」があり、この中で酒地肉林の乱交パーティーが行われる。 「黒の部屋」は、黒いシルクで一面が覆われた隠し部屋で恐ろしい地下牢につながっている。 「訓練所」は、地下3階の「会議室」に入る許可を受ける者が事前に必要な指導を受ける場所だ。 「オーロラの部屋」は、全面白塗りの小部屋で、判読できない文字を配した白タイルの床があり、椅子に座って杖を手にした盲目の老人の人形が首から「瞑想」と書いてあるプレートを下げている。 つまり、外部の人間を神秘の煙に巻いて、ロッジに入会したいという気持ちにさせる場所だ。 初心者である会員・得度者・達人の階級の人々は、何も知らされぬまま、これらの部屋のある最上階のロッジを行き来している。

 地下2階に大講堂として機能する「大食堂」がある。 また、「図書館」と「衣装室」もある。 地下3階にある「グノーシス」と呼ばれる「円形演技場」は、ユダヤ密教の「カバラ」を研究しながら神秘主義(オカルティズム)と呼ばれる魔術を実践する場所だ。 魔術とは、知識・金銭・権力・地位・名誉を得るために自己の魂を悪魔に委ね、悪魔の心霊力を利用する技術である。 「標本室」は、毒薬・麻薬・睡眠薬といった薬物を調合する部屋だ。 但し、イルミナティ指導者の「グランド オリエント」でさえ、ここに入る鍵を持っていない。 「瞑想部屋」は、立つことも寝そべることもできない狭い部屋で、座るしかない。入会者は、ここで7日間にわたるパンと水だけの生活を強いられる。 「会議室」は、80人ほどのブラザーが集合してグランド・ロッジの諸事を審議する部屋だ。 地下4階の狭い「地下牢」は、侵入者・反逆者・破戒者を閉じ込めて、ぞっとする拷問を行う部屋であり、捕まった人々は悪魔ベルゼブブに捧げられる生贄となる。

 さて、ドレスに着替えた私は、ブラザーたちの流れに交じって上の階に出た。 達人・秘伝者が「緑の部屋」に待機している。 それから、地下2階のホールで祭りが始まった。 白い大理石の祭壇の上には、イエスを愚弄するために、槍を心臓に突き刺され、脚を釘付けにされた子羊像があった。ブラザーたちは、イエスの磔刑の日を、神の子を殺した勝利の日と信じている。 だから、娯楽と休業の祝日を、復活した日曜日ではなく、磔刑の日の金曜日にしたがっているのだ。

 大理石の子羊像の上には蝋燭を飾った三角形があり、そこにホスチアを収める聖体器もあった。祭壇の右側に大理石の箱、祭壇の左側に青銅の箱が置いてあった。 祭壇の中央にはバケツのような窪みがあり、生きた子羊を殺して、その血を集めるようにできている。

 全員が祭壇の前に集まると、生きた子羊が祭壇の中央に置かれ、フリーメーソン志願者たちが、槍を手に次々と生きた子羊を突き刺した。 それから子羊の頭・心臓・脚を切断して青銅器に投げ込み、悪魔に捧げた。 これ以外の羊の体は、水盤に入れられた。

 祭壇の窪みから子羊の血を集めると、志願者たちは、両手を血に浸してからホスチアを取って食べた。 それから、ヘブライ語で「もはや、あなたが生きているのではなく、私があなたのうちに生きているのです」と唱えて祈った。 これは、ユダヤ教パリサイ派からキリスト教に回心した使徒パウロの御言葉を真逆に用いている。  ガラテヤ 2:20  『私(パウロ)は キリストとともに十字架につけられました。 もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。 いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し、私のためにご自身をお捨てになった神の御子(イエス・キリスト)を信じる信仰によっているのです。』

 志願者たちが祈り終えると、祭壇から降り、胸をはだけて頭を水盤に浸け、手と腕を洗った。 志願者たちがホールを出る際にはブラザーたちが壁に用意されたオリーブの枝を取って志願者の前に投げた。 これは、イエスのエルサレム入城マタイ 21:8マルコ 11:8ヨハネ 12:13)の時に民衆からシュロ(なつめやし)の木の枝を、その通り道に敷いた事跡を冒涜する儀式である。

 志願者たちに続いて、ブラザーたちが胸の前で両腕を交差して「シュロの行進」を行った。 私もイヤイヤこの行進に従ってホールを出た。 この先は、階級ごとに行き先が分かれた。 私たちイルミナティは、最上階のメインホールでイエスを愚弄する冒涜儀式を開始した。 半円テーブルを囲んで「第2グランド オリエント」のT氏ガーフィールドの代役として本を読みあげた。 ローマ教皇とカトリック教会を非難する内容であったが、私には理解できなかった。 そして、「我々は、カトリック教会にも国家にも屈しない」と言った。

 半円テーブルの上には象牙細工の十字架が立っており、半円テーブルの前面には哀れな犠牲者を閉じ込めた白い教皇人形が立っていた。 この周囲には11本の燭台の乗った三脚台が3つあり、三角形をつくるように配置されている。 これは、「聖なるデルタ」と呼ばれ、黙示録の龍・ 獣・ 偽預言者という悪魔の三位一体を表す。 つまり、ルシファー・ ベルゼブブ・ 反キリスト者である。 また、燭台11本×三脚3台=フリーメーソンの最高位33階級という意味がある。

 それから、ぞっとするヘブライ語かイディッシュ語の呪文が周囲から聞こえてきた。 発狂しそうな雰囲気が徐々に全員を覆い始める。 すると突然、「第2グランド オリエント」のT氏が、手斧をつかんだ。 不気味な叫び声を徐々に高めながら、哀れな犠牲者を閉じ込めた白い教皇人形の首をめがけ、力の限り、手斧を振り下ろした。 生贄は恐ろしい絶叫をあげ、眼窩から左右の目玉が飛び出た。 さらに一撃を加え、首が床に吹っ飛んだ。 残虐行為が終わると、場内は一瞬静まり返った。 全員が血の臭いを喜んでいるように見えた。 全員が血の海に手を突っ込んだ。 私は恐ろしくなり、後ずさった。おぞましき犯罪に震えがきた。 その時、一人が血だらけの手を私の手に擦りつけながら、「シスターよ、勇気を持つのだ。 我々と同じように、その手を血に浸さなければ、あなたは臆病者と見られ、この生贄と同罪になる。 ロッジの敵は我々の敵であることを常に心に留めよ!」 と囁いた。 彼は「敵は死んで当然なのだ」と殺人を正当化しようとした。 他の者は「教皇人形の中には本当は何も入っていなかったのだ」と言った。

 次に、「赤の部屋」に移動した。ここに、生贄の生首を銀盆に載せて運び、逆三角形(聖なるデルタ)の油紙の上に置いた。 火のついた逆三角形(聖なるデルタ)の油紙の両脇には、ドルイド僧の石膏像が立っている。 花束を入れた鉢の中の香が燃えて刺激臭を放ち、7つの燭台を持つシャンデリアが天井から垂れている。 壁にはイスラムの曲剣と槍が掛けてある。 こうして、生贄の生首と魂を悪魔に捧げた。

 「赤の部屋」を出ると、私は胸をなでおろし、晩餐会場に急ぎ、両手を洗ってから食卓についた。 しかし、全身に寒気を起こし、ワイン数滴しか喉を通らなかった。

 食後のスピーチでは、反フリーメーソンの皆殺し、カトリック教会の打倒、キリスト教徒の根絶が、しきりと話題に上がったが、面白いことに、フリーメーソンに加入したプロテスタントを褒めていた。「プロテスタントは、カトリックを滅ぼすのに力を貸してくれている」と言うのだ。 もっとも、プロテスタントのフリーメーソンは、低い階級に抑えられているので、フリーメーソンの本当の目的を分かっていない。

 乾杯をする度に「第2グランド オリエント」が十字架上のイエスの顔にワインをぶちまけ、全員が、これにならった。 そして、全員で十字架を壊して、その破片を更に粉々にした。 次に、ホスチアに何度も刃物を突き刺したり、ホスチアを十字架に釘付けにして唾を吐きかけ、殺人儀式の時に手を洗った水盤の中に投げ込んだので、ホスチアは血に染まった。

 このとき、ドアをノックする音が聞こえてきた。 「緑の部屋」へ移動する時間になった合図だ。 その部屋には既に、酒と食事と12人の娼婦たちが用意されていた。 そして、いつもの乱交パーティーだ。 私は耐えきれずに室外に出た。

 あとでガーフィールドから聞いた話であるが、あの教皇人形の中で首を切断された生贄は、ドイツ人のイルミナティだった。 「カドシュの騎士」の位階を持つ高位のフリーメーソンで、ツェマルドという名前の男だ。 パリに行って「大審問者」(死体解剖者)として働くように指令を受けたが、パリでの仕事を監視されることを嫌い、グランドマスターに「こんな仕事はしたくない」と主張して、仕事を放棄したのだ。 この反逆者は、厳重注意を受けても反抗したため、3日間食事無しで地下牢に閉じ込められた。 金曜日の真夜中の集会まで生き長らえるよう少量の食事を与えられ、睡眠薬を盛られた。 そして、首に打撃を受けて目覚めた直後に首が落ちたのだった。

 ガーフィールドは、この話を冷静に語った。 そして、毎年の聖週間の金曜日の生贄を調達するために、「高イルミナティ」に無理難題の指令が発令されることを初めて知った。 しかし、ツェマルドの場合、誰かに仕掛けられた罠だったのではないのか?  ツェマルドは、ドイツ・イルミナティの「第1グランド オリエント」だから、ドイツ・イルミナティにライバル意識を燃やし、ツェマルドを始末したかったのは、ガーフィールドではなかったのか?

 ガーフィールドは笑いながら、「最後に評決を下したのは、私ではなく、第2グランド オリエントのだ。 あのビスマルクでさえ、我々の評決には手出しできない。 殺したいと思っている男が、あなたにもいるのではないのか?」  このとき、何かに憑かれたように声の調子が急に変わってきた。 「イルミナティでさえ地位を失うことを、おまえは、その目で見たのだ。」 

 ガーフィールドは、突然、跪き、自己催眠にかかったような顔をしている。 トランス状態で私の未来を予言し始めた。 話せば話すほどに、この世ならぬ響きを帯びてきた。 冷たい震えが私の全身を通り抜けた。 この予言は、ガーフィールドが語ったものではなく、未知なる悪魔の霊が語ったものだ。 床から顔を上げたガーフィールドは、自分の話したことを何一つ覚えていなかった。 恐ろしいことに、私とガーフィールドと悪魔自身の未来を語った、この予言は、後に的中することになる。


★ 8 ★  イタリヤ王毒殺指令
 1877年10月21日、特別に重要な仕事を与えられることになったが、その前に特別な試験に合格せねばならなかった。 つまり、合格した後に「グランド オリエント」の秘密を知ることになるのだ。 フリーメーソンは、社交界の活動以外、何一つ知ることはない。 その合図や電信ベルの信号も、ロッジの安全を保つ小細工にすぎない。 イルミナティの「グランド オリエント」の知る秘密に比べれば何の意味もない。 試験として、私は、3日間、真っ暗な地下牢に閉じ込められた。 イルミナティは、ワインを水と呼んでいるが、水を頼むと食事の時にワインが窓から差し出された。 3日間を終えると、ガーフィールドが蝋燭を手に地下牢に来て、大会議に出席するように命じた。 大会議場で、ガーフィールドが青色の腰帯を私に巻きつけて、「 おお、夜の妖精よ。 キプロス結社の女騎士の称号を受けよ。 指令を忠実に果たし、この名誉に相応しい者になるがよい!」 と告げた。 つまり、私はイルミナティの指令に従う奴隷になったということだ。 それから、「グノーシスの間」の机の前に座らされると、私の腕に針を刺し、自分の血で「グランド オリエントの秘密を誤用した時は自殺することを誓います」と署名せねばならなかった。

 ガーフィールドは、厳粛な態度で次のように言った。 「この書簡をウンベルト皇太子に手渡すのだ。 あなたはイタリヤ語に誰よりも通じている。この仕事に、あたな以上に相応しい人はいない。この書簡の内容は、ウンベルト皇太子に父王ヴィットリオ・エマヌエレ二世を暗殺することを求める我々からの指令なのだ。 父王は教皇独裁と闘う我々に仕えてきたにもかかわず、今や良心に苛まれ、我々に償いさえ求めようとしている。 だから、我々は裏切り者の父王を排除しなければならない。 このため、あなたは別人になる。 イタリヤ人参謀将校未亡人セラティ夫人となるのだ。 あなたはフランスのマルセイユからイタリヤのローマへ行く。 イタリヤ政府筋は、あなたへの手当の支給を拒むであろう。 そこで、あなたはウンベルト皇太子に嘆願書を持っていく。 国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世から特別に寵愛される枢機卿書記官のカイロリ公が、これを助ける。 この時、あなたは、理想的なクリスチャンの未亡人を装う。 あなたはカイロリ公の紹介状により、ウンベルト皇太子に何度か会う機会を持てるようになる。 ウンベルト皇太子に会ったなら、すぐに合言葉「カビル」を囁け。ウンベルト皇太子は合言葉「サバト」で応える。 そして、ウンベルト皇太子に書簡を手渡し、ウンベルト皇太子からの返事を待つのだ。 この返事の書簡を金曜日に我々に持ってくるように。 古い召使の父王ヴッィットリオ・エマヌエレ二世は終わりを告げる。 父王は我々にとって、もはや不必要になったのだ。 親愛なるクロチルデよ、行け。 獣の霊(悪魔ベルゼブブ)があなたを守り導かんことを」 

 あらゆる陰謀と戦争には政治と宗教の問題が根底にあるが、私には政治と宗教が分からなかったし、興味も無かった。 ガーフィールドが「グノーシスの間」を去った後に、この重要な任務に私は元気づけられた。 結局のところ、私は、このような身勝手な人殺しを気にかけてはいなかった。 私の頭にあったのは、「グランド オリエント」の最高権力である龍の伴侶になり、復讐・富・悦びへの渇望を満たし、虚栄を楽しむことだった。 フリーメーソンの殺し屋たちは、まるで無知な操り人形であるが、私は彼らよりはるかに身分の高い貴族の生まれで純潔のイタリヤ人にしてカルボナリ党の女闘士である。 「今や、家なしになり、神からも見放されたが、悪魔ルシファーの餌食には決してなるまい」と考えた。

 56歳の国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世は、統一国家イタリヤの最初の国王だ。 しかし、フリーメーソン・イルミナティを捨て、ローマ・カトリック教会に乗り換えようとしていることが露見した。 このため、フリーメーソンになってしまった実の子のウンベルト皇太子によって処刑されることになったのだ。 イルミナティは、裏切った国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世の自然死を待てなかった。

 私は、自分の重大な任務を知らされた数日後、誰にも尾行監視されていないことを何度も確かめ、ローマに到着した。 ローマ教皇庁のあるサンピエトロ広場で金製の教会用品を取り扱う商人と接触した。 教皇の動きを探る任務に就いているフリーメーソンの男だ。 男は、フリーメーソンの枢機卿国務大臣に私を紹介した。 枢機卿国務大臣は、静かに私の話を聞いていた。 重々しくうなずくと、イタリヤ政府のカイロリ公への紹介状を書いた。 後に、私はロスピグリオッシ宮殿でカイロリ公と会った。 カイロリ公のイタリヤ人特有の品格の高い謙譲語に圧倒された。 カイロリ公は、私の夫の不幸な死に深く同情した。 そして、王室の誰もが、私の不幸に同情している様子だった。 カイロリ公たちは、ウンベルト皇太子との接見を準備して、今週末までに接見の予定を入れた。

 カイロリ公と会った翌朝、ウンベルト皇太子が私をカリグナム皇太子の面前でマルガリータ王女に紹介したいと伝えてきた。 「ウンベルト皇太子のもったいない御意向は、私にとっては命令そのものです」と私は答えた。 ローマでは昼から午後4時まで店が閉まる休憩時間帯なので、昼寝をした後のカイロリ公夫妻が私を市内での買い物に招いた。

 翌日の午後2時に宮殿に招かれ、カイロリ公夫妻に付き添われて宮殿に入った。 ウンベルト皇太子が私を宮殿で待っていた。 私はジェノヴァのオランダ王女・ マルガリータ王女・ パンパラッティ侯爵夫人・ その夫のカリグナム皇太子・ マダム アマリーに紹介された。 私は少しも気後れを感じなかった。 2時間のあいだ、女たちがしきりにかけてくる同情の言葉にうんざりしながらも、ウンベルト皇太子にフリーメーソンの合言葉を囁く瞬間を待ち構えていた。 突然、ウンベルト皇太子がジェノヴァの王女のハンカチを取る振りをして身をかがめたので、私は素早く顔を寄せ、耳元で「カビル!」と囁いた。 ウンベルト皇太子の表情は見えなかったが、即座に「サバト!」と耳打ちした。 神経がピリピリして、ドレスの中に隠してある手紙を人前で渡していいものかどうか戸惑った。だが、ウンベルト皇太子は、手紙の受け取りを既に知っていたようで、手を差し伸べながら、「おお、これが亡き御主人の遺志を伝えるお手紙ですか。私に宛てたものですね。有難うございます、マダム」と述べた。 私は悲しみにうちひしがれている振りをして顔を伏せた。

 ウンベルト皇太子は、ゆっくりと手紙を開封して、封書の底に添付された小瓶に入った毒物をポケットにしまい込んだ。 フリーメーソンが毒物入りの小瓶を添えた目的は、服毒自殺するか、指令に従うかを選択させるためだった。 手紙を読んだウンベルト皇太子の表情は変化しなかったが、手紙を持つ手は小刻みに震えた。 手紙を小物入れにしまい込んだウンベルト皇太子は、「マダム、この御用件はとても大事なものです。国王陛下の健康状態はかなり悪化していますが、精神は健全であられます。陛下の御判断に従って、あなたに御助言を致しましょう」と話した。

 想像して頂きたい。 フリーメーソンは、何の理由の説明もなく、「父王を殺せ」と、子に命じているのだ。 しかも、イタリヤ王国全体の安全保障は、国王ヴットリオ・エマヌエレ二世の肩にかかっている。 私は会釈をして退出を願った。 カイロリ公が出入口まで私を導いた。

 私は筆舌に尽くし難いフリーメーソンの横暴さを思った。 フリーメーソンは、神と人間のどんな法律よりも自分たちが上にいると考えており、この国王暗殺計画が成功すれば、ロッジは手早く目標を遂げられるのだ。 私がホテルに戻るなり、ロッジの密使が訪れて、2通の書簡を手渡された。 1つは私宛で、もう1つはウンベルト皇太子宛の指令書だった。 私宛には、こう書いてあった。 「あなたは、もう10日間、ローマに留まられなければならない。 あなたは1週間以内にットリオ・エマヌエレ二世に紹介される。 そして、目前でグラスに毒が入れられるのを見る。 国王ヴットリオ・エマヌエレ二世は、その一部を飲む。 あなたは、その飲み残しのグラスを受け取る。 あなたは、花と呼ばれるスミレシロップの小瓶を受け取り、これを飲み残しの毒入りグラスに注ぐと、化学変化が起きて血の色に変わるが、これを別の小瓶に移して我々のところに持ってくる。 その場に居るのは、ウンベルト皇太子とあなただけであるから、怖がらずともよい。 細かいことは、ウンベルト皇太子が教えてくれる。 追伸・・・2千フランを同封するが、足りなくなったら接待役のウンベルト皇太子に言うがよい。 あなた自身の生命がかかっている。 全て指示どおりに従わなけれぱならないことを忘れぬように!」

 国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世は、ローマ・カトリック教徒で、死ぬ前に「終油の秘蹟」を受けることだけを望んでいる。 私は国王暗殺の共犯者として、国王の最期の願いを奪うことになるのだ。

 ロッジが密偵を使って、私の行動を逐一監視していることは、はっきりとした指令が来ることからも分かった。 さらに、人間の密偵のみならず、「無敵の遍在者」 「全てを見通す目」と呼ばれる悪魔ルシファーに監視されていることを既に感じていた。

 ウンベルト皇太子は、イタリヤ王国を丸ごとフリーメーソンに渡す、この邪悪な罠から逃れるように知恵を絞っているのかもしれない。 だが、私は自分の任務を全うし、うまくやり遂げることしか頭になかった。

 7日目になって、カイロリ公ウンベルト皇太子の手紙を持って訪れた。 手紙には「カイロリの招待で、明日の晩に開催される音楽の夕べにお越し下さい。 カイロリは忠実な廷臣、ロッジのブラザーです」と書いてあった。

 カイロリ公の招待は正式な作法に則ったもので、この作法に戸惑ったが、この招待を受けた。 夜会は夜11時半に予定されていた。 カイロリ公の宮殿に到着すると、彼は「皇太子殿下とお二人だけにして差し上げます。 誰もあなたに気づきますまい」と言った。

 ウンベルト皇太子宛ての書簡を手に持ちながら私の神経が高ぶった。 なぜなら、この書簡には、父王ヴィットリオ・エマヌエレ二世を暗殺した後のウンベルト皇太子の国王即位とイタリヤ王国の発展を約束したはずである。 また、父王の記念碑を建てることについても指示があったに違いないからだ。

 夜11時半になると、ウンベルト皇太子が静かに入ってきたので、フリーメーソンの書簡を手渡した。 ウンベルト皇太子は、この書簡に目を奪われながら、私を椅子に座るように勧めた。 そして、眉に皺を寄せ、気持ちを抑えながら、「マダム、4日以内に国王にお引き合わせ致しましょう。 そうしたら、私がフリーメーソンに忠実に行動したことをパリに知らせるのです」と言った。 そのときに、カイロリ公が私たちを呼んだ。 大広間に行くと、多くの賓客に紹介された。 それから演奏会が始まった。 午前2時を過ぎた頃、私は疲労したと見せかけて演奏会場を抜け出した。

 国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世の招きを受けたのは、その丁度4日後であった。 ウンベルト皇太子は、私を国王の前に連れて行き、私が亡夫のことで、ややこしい年金請求の問題を持ってきたのだと言った。 国王は、ベッドに横たわりながら、素朴な笑みをもって私に挨拶をした。 国王は「病気のために、この問題に取り組むことができない」と詫びた。 話し終えると疲労した様子を見せ、ぐったりとなった。 ウンベルト皇太子は、国王の飲み物に目をやり、私が前に手渡していた小さな紙包みの中味をグラスに入れた。 中味は砒素だろうが、この痕跡は毛髪に数百年間残留する。検死を行えば、砒素の痕跡を実証することも可能だ。 ウンベルト皇太子は、父王に半分だけ飲ませ、それからグラスを元の場所に戻した。 国王は深い眠りについた。 ウンベルト皇太子は、私がグラスの飲み残しの中にスミレシロップを注げるよう、壁にかかった水差しを冷ややかに指さした。 私が国王の飲み残したグラスの中にスミレシロップを注ぐや、飲み残しの中に含まれる砒素と化学変化を起こして真っ赤に変色した。 私は、この毒物反応を見て恐れおののいた。 真っ赤に変色する様子を見たウンベルト皇太子の目が輝いた。 それから、ウンベルト皇太子は私がパリのグランド・ロッジに届けることになっている書簡を大急ぎで書いた。 イタリヤ王国の政治的な機密事項を多く含む書簡だ。 その書簡を私に手渡すと、慇懃な態度で、「いつ、お発ちになられますか?」と問うたので、私は「8日以内に発ちます」とイタリヤ国王に毒を盛った恐怖と憂鬱にまみれて答えた。

 ウンベルト皇太子と私は右手人差し指を曲げる動作を行うフリーメーソン流の握手を行い、両腕・額・胸に触れる「メーソン十字」のサインを交わして別れた。 これは、自分の行為・精神・霊が、ラビのタルムードとロッジを支配する悪魔ルシファーに従うことを表すサインである。

 国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世は、それから数日間生き延びたので、カトリック司祭によって「終油の秘蹟」を受けることができた。 この知らせに、私は「ウンベルト皇太子が国王のグラスの飲み物の中に砒素と異なる無害の物質を入れ、飲み残しのグラスの中に赤色の化学反応を起こすために後から砒素を注いだのではないだろうか?」と思った。

 間もなく、国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世の逝去の知らせがイタリヤ王国中を揺るがした。 私自身が、国王暗殺の現場に立ち会ったのだ。 国王の遺体に防腐処理を行う際に、その内臓から毒物の砒素が検出されたので、身内による謀殺説が新聞で取沙汰された。 しかし、これらの新聞は、イタリヤ王国政府の警察によって全て回収された。 毒物の砒素が実際に使われたことが医学的に公式に証明されている。

 ヴィットリオ・エマヌエレ二世の逝去(1878年1月9日)の翌朝、ウンベルト皇太子がイタリヤ国王に即位した。 しかし、ウンベルト一世国王は、他のフリーメーソンと同様に恐怖に怯える生活を送り、フリーメーソンのP2 ロッジと マフィア組織への屈服を余儀なくされた。

 8日後、私はローマを離れ、1878年の四旬節第一金曜日にパリに着いた。 その日のうちに、グランド・ロッジの高位秘伝者にウンベルト皇太子の書簡と国王毒殺時に採取した赤い液体入りの瓶を提出した。

 私は、ローマからパリに戻った後で、秘伝者から暗殺理由を知らされた。 国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世は、ローマ・カトリック教会の一信者だったが、フリーメーソンに加入したことを知られて自動的にローマ・カトリック教会から破門された。 彼は、フリーメーソンに加入した罪を悔い改め、ローマ・カトリック教会に復帰した後、最期の「悔悛の秘蹟」 「聖体拝領」 「終油の秘蹟」を願っていることを表明した。 「終油の秘蹟」とは、目・鼻・口・耳・手の五感に聖油を塗ることによって、その五感から入った罪の赦しを神に祈る儀式行為である。

 ローマ・カトリック教会からの破門は、地獄行きに定められたことを意味する。 だから、地獄行きを恐れた国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世は、ローマ・カトリック教会に復帰してから「終油の秘蹟」を願ったのだ。 かつての国王は、教皇の教会領を奪い、教皇をヴァチカン市内に幽閉したのだった。 このため、国王は「教皇領の強奪者」と呼ばれた。 1870年からイタリヤ国王の公的住居となった統一イタリヤ宮廷クイリナルは、かつての教皇宮殿だった。 国王は、ローマを去る事さえ考えていた。

 しかし、フリーメーソンは、悪魔ベルゼブブを喜ばせるため、国王が教皇と和解する前に国王を暗殺して、教皇から奪った宮殿の中で国王が死ぬことを願った。 また、国王の死を早めることによって、国王が「終油の秘蹟」を受けずに死ぬことを計画した。 フリーメーソンは、臨終のベッドで如何なる罪の告白もさせないように注意を怠ることがないのだ。 私は、国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世の霊的な滅びを望む残忍冷酷な手口に戦慄した。

 私は「国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世が臨終の間際に悪魔の手を逃れたように、自分の番になったら魔の手から逃れるのだ」と自分に言い聞かせた。

 私はロッジに2ヵ月間の休暇を申し出た。長いストレスから解放されるためだ。 ロッジも、セラティ夫人の痕跡が完全に消えてしまうまで私が雲隠れしてしまうことを得策と判断した。

 休暇の間の私は邪悪な性格が露骨に出た。 私は悪意と誘惑に包まれ、ダニエル伯爵に対する復讐を思い出した。 私と一緒にモナコに連れ立って、ギャンブル好きな、この男を永遠に葬り去る決意をした。 モナコ公国の首都モナコは、地中海に面したフランス共和国のニースとイタリヤ王国の国境の間に位置する小さな独立国だが、公設賭博場が非常に盛んな都市だ。

 ダニエル伯爵は、モナコで博打にのめり込み、ついに無一文になってパリへ戻った。 パリでは株式などの相場にのめり込ませた。 相場の世界は、裏で糸を引いている連中以外は全員損失を被る仕組みになっている。 私はダニエル伯爵に「相場で大儲けをすれば素敵な未来が私たちを待っている」と言い含め、彼に夢を見させ続けた。 この結果、ダニエル伯爵は、自分の財産を上回る莫大な借金を抱え込んだ。 ダニエル伯爵は、私の所に駆け込み、窮状を訴えれば、援助してもらえると考えたのだ。 しかし、私は無表情に「これでお別れね」とだけ言った。 彼は信じられないという顔をして立ち尽くしていたが、私は大声を出して笑った。 彼は私が狂ったと思い込み、ついに立ち去った。 その晩、彼は銃で自分のこめかみを撃った。 私は良心の痛みを感じず、ダニエル伯爵の自殺に喜んだ。 これが私の三度目の殺人だった。

 私は更に冷淡な性格になり、ロッジのブラザーたちがセルビアやイスタンブールに送られて処罰される度に意気揚揚としてきた。 ロッジのブラザーは、ローマ・カトリック教会や世界各国の政府の高官を殺す任務を持っている。 政治指導者を一人一人殺してフリーメーソンの操り人形に置き換えることが、彼らの殺人の目的である。 そして、暗殺が失敗した時には死の償いが待っている。 これは、フリーメーソンの掟だ。 七頭龍の聖霊が処刑しない時には、「グランド オリエント」が処刑役を担う。

 処刑の方法は様々だが、古典的な方法は毒殺であり、シャンパンや内服薬に毒物を混入する。次に、車の事故死や水死に見せかける方法だ。 あるいは、賊に襲われたように見せかけて、浮浪者や個人的怨恨による事件に仕立て上げる。 例えば、ナポリ郊外を歩いていて殺されたテロリ首相も、フリーメーソンによる「処刑」であった。

 また、父王ヴィットリオ・エマヌエレ二世の暗殺によって国王に即位したウンベルト一世は、1878年11月22日に通行人から狙撃され一命をとりとめたが、毒を十分に盛らなかったウンベルト皇太子の裏切りによって父王ヴィットリオ・エマヌエレ二世が「終油の秘蹟」を受けたことを重く見たグランド・ロッジによる制裁行為だった。

 さらに、ロリンと呼ばれる兄弟2人は、盛られた薬物によって発狂し、パリ南東に在るシャラントンの精神病院に入れられた。 兄弟2人は今も其処にいる。

 私はブルリエという男の情婦になる指令を受けたが、エッフェル塔の対岸に位置するパッシーに在るロッジの持家の中で、特殊な方法で取り扱わねばならない危険な毒物を塗った小さな「磁石の玉」をブルリエに持たせた途端に意識を失った。 パニックに陥った私は「磁石の玉」を回収して大急ぎで家を出た。 翌朝、ブルリエの死体がロッジの「円形演技場」の解剖室に置かれているのを見た。 いつもの乱交パーティーの後で、全員が、この死体にありついたのだ!


★ 9 ★  七頭龍との対話
 1879年6月ガーフィールドから「高い啓発を受けた者」の地位に就くことを告げられた。 最近死んだギャバニョンが就いていた地位だ。 しかし、死霊と交信する心霊術のオカルトに長けた霊媒の地位であるとは知らなかった。 「グランド オリエント」のガーフィールドの指示により、秘伝者のみが入れる「円形神殿」の中に入った。 「円形神殿」は、最も壮麗な秘奥の神殿であり、大理石の七頭龍の像もある。 ついに、イルミナティの最高秘密である真の権威者が私に開示される瞬間が訪れたのだ。

 ガーフィールドが私を指導する役になっていたが、彼は「イルミナティの秘密は聖霊という言葉にある。 カトリック教会で言われている聖霊を、我々の聖霊に入れ替える計画がある。 我々の聖霊とは、フリーメーソンの七頭龍なのだ」と教えてくれた。 しかし、私は悪魔・悪霊とか、神・聖霊とか言われても、その存在を信じていなかった。 つまり、どんな怪奇現象・魔術・幻も、集団催眠・夢想の所産であり、愚にもつかない話にしか思えなかったのだ。 すると、ガーフィールドは、威厳たっぷりに私に演壇に上がるように命じた。 ガーフィールドは帽子と手袋をはずし、悪魔礼拝の祭衣に着替えた。 昔のローマ人が着た赤色のチューニックと 白色のトーガをまとった。 右腕を露出した衣装だ。 額には半冠を締め、胸には金色の太陽記章がある。

 米国大統領の座を狙う野心的な下院議員ともあろう者が、土下座をして犬のように卑屈な態度で床に額をつけ、呪文を唱えながら七頭龍の招霊を始めた。 この卑屈な礼拝行為を七頭龍の頭数に合わせるように7度繰り返した。 血の気のない唇が支離滅裂な言葉と共に異言を語る中で、その視線は遠い空間を探っているように見えた。 「円形神殿」のホールは、明かりを完全に消すことなく薄暗く保たれていたが、やがて、ホール全体に雷鳴が轟いた。 その瞬間、大理石の七頭龍の像がゆっくりと動き始める感覚に襲われた。 多くの目から妖光を発し、首のたてがみが一斉に下に垂れ、翼は床に触れ、尾は蛇のように波打った。 七頭龍は、ガーフィールドの方に近づいてきたが、彼は七頭龍に視線を投げかけ、その動きを制止しているように見える。 七頭龍は、ガーフィールドの呪文に魅せられているかのように演壇に顔を向けて静止した。

 ガーフィールドは、ドイツ語で七頭龍に語りかけた。 「夜の妖精と呼ばれる、この彼女は秘伝者の栄誉に相応しいか?」  七頭龍は蛇のように「シュッ!」と音をたてながら「相応しい」と答えた。 「彼女は、ロッジの利益になるか?」  七頭龍は「なる!」と答えて甲高い声で笑った。 ガーフィールドは、片膝をついて七頭龍に祈りを捧げた。 「我は汝をいと高きものと崇めん。 汝は宇宙の全権を握り、それを動かさん。 汝は光なり、力なり。 我の願いに応え、心霊の力を現し給え! おお、十字架に付けられし者の敵よ! 我は汝の名によりて神とキリストと聖霊と、その母を呪わん! 汝のものなる我が祈りを聞し召せ! 我は汝の御告げに身を委ね、汝の力を信ぜん! 」

 七頭龍は、悪魔ベルゼブブが顕現した姿と言われる。  祈りに続いて、悪魔ベルゼブブの求めるヘブライ語の真言が捧げられた。 私のイニシエーションの時の真言は、私にも理解できるドイツ語が使われていた。 ガーフィールドは、私に「地獄の聖霊による指導が、イルミナティの奥義なのだ」と言った。 それから、七頭龍は、その全ての頭をもたげ、ホール全体を同時に見た。 恐ろしい吠え声がホール全体の壁に反響した。 最後に、七頭龍は、床を叩く回数によってガーフィールドの質問に回答した。 A=1回、B=2回、C=3回という具合なので、飽きるほどの時間を要した。  ガーフィールドは、この交信方法で七頭龍の「われが彼女を信じさせよう」というメッセージを書き写した。 七頭龍は私の母語のイタリヤ語で「復讐と憎悪の女よ、我に来たれ!」 と語った。 それから、七頭龍は言葉を止めた。

 この瞬間、絵のような幻の動きが全て止んだ。 いつもの通りの生命のない大理石の七頭龍の像がそこに在った。 私は演壇を降りて、このようなショーを見せてくれた七頭龍の像にお礼を述べた。 私は驚きながらも、いまだに確信できずにいた。 七頭龍の像の燃えるような目が私に暗示効果を与えたのではないのか。 ガーフィールドは私の猜疑心を感じながらも、これに触れることなく、二、三日後にニューヨークに発った。

 数カ月後の10月、私はガーフィールドと一緒に食事をした時に睡眠薬を飲ませて泥酔させ、彼をベッドに寝かせると、その胸のシャツからグランド・ロッジの「円形神殿」の出入口の鍵を奪った。 私は何としても七頭龍と直接の対話をしたかった。 ロッジの守衛から「どこに行くのか?」と詰問されたので、「ガーフィールドから鍵を預かって、私の落し物を取りに来た」と返答した。 ついに、私は「円形神殿」の中に一人だけで入り、ガス灯に明かりを灯すことに成功した。 「円形神殿」の「グランド オリエント」の座の上に、愚弄する目的で据えられた十字架のイエス像を見たとき、私の心は深く動揺した。 動揺しながら七頭龍の像に目を移す。 約10分間、この2つの像の間を私の心は行きつ戻りつした。 イエス・キリストを選べば、私の幾多の罪の赦しを乞わざるを得ない。私は罪を悔いていないのだから神の恵みを受けるには相応しくない。 私は「キリストの力が龍に勝っているなら証拠を示して。 私はキリストに反逆する龍を足蹴にしてやるわ」と問いかけた。 この時、自分の言葉が祈りではなく命令であることに気づいた。 ここで跪き、涙をもって幾多の罪を告白するべきだったのだ。 キリスト像は沈黙したままだった。 憤りが湧き上がり、「姿を現すか、私を殺すかのどちらかにしろ!」とキリスト像に命じた。 ついに、私は力を使い果たし、不思議な力に引き寄せられるように七頭龍の像の足元に崩れ落ちた。

 私は大理石の像にすぎないことを確かめるように、「おまえに力があるのなら、今すぐ姿を現してごらん。 本当に力があるなら、今すぐ動いてごらん」と囁いた。  そのとき、前足が私の首を強打し、絞めつけた。 私は、この不意の一撃に感覚を失った。 髪の毛は逆立ち、心臓は止まらんばかりになった。 もはや疑いを挟む余地はない。 毛に覆われた、温かく、力強い前足の、この神秘なる生命力はトリックや機械仕掛けでは説明できない。 恐怖と喜びが交錯したが、首の痛みの方が大きく、私は龍に情けを求めた。 声にならない声で、ガーフィールドから教わった呪文を何度も唱えた。 徐々に私の首を絞めつける力が緩み、やっとのことで体を起こすと、演壇に逃れた。 私は七頭龍を睨めつけ、支配しようとしたが、七頭龍の目から火花が返された。 七頭のいくつかはライオンや豹に似ており、角が一本の頭もあれば、数本を持つ頭もある。黒縞の豹の胴体に短くて強靭な足には鋭い爪がある。

 私は七頭龍に呼びかけた。 「あなたが私を指名したというのは本当か?」と質問すると、七頭龍は「本当だ」と答えた。 「私にどうして欲しいのか?」と質問すると、「ローマ・カトリック教を捨て、われを最高の主人と認め、これを血の証文に記せ。われの意志に自分を従わせよ」と言った。 そこで、「見返りには何が得られるのか?」と質問すると、「名誉と富、憎悪と復讐」という返答があった。 私は「分かった。 あなたの力の証拠を見届けたなら、すぐにあなたの所に行きましょう。 私にとって一番大切な二つのことをかなえて!」 と言うと、七頭龍は、証拠として私の足元に金貨を雨あられと降らせた。 私は金貨を半円テーブルの上に投げつけ、「金貨など要らない! ガーフィールドに対する私の影響力を奪った女に復讐したい!」 と告げると、七頭龍は「バレエ・ダンサーのミーナか。 彼女は死ぬ! おまえだけがガーフィールドの女主人になるのだ!」   私は、この約束を得て、七頭龍に恐れを感じなくなり、七頭龍のもとへ走り寄った。 そして、「私が、どんな人間関係にも心を動揺させることのないよう、人間愛に苦しまないようにして欲しい」 と頼むと、七頭龍は「約束しよう。そうしよう」 と言った。 この後、七頭龍は再び動かない大理石像に戻った。 私は疲れ果て椅子に身体を沈めた。 この1時間後、誰にも見つからずにグランド・ロッジを抜け出し、ホテルの部屋で熟睡しているガーフィールドの胸ポケットに鍵を戻した。 午前2時半だった。

 1週間後、バレエ・ダンサーのミーナは、路上で突然失神して車に轢かれて死んだ。 検死に当たった医師の発表によれば、血管の腫瘍が破裂したという。 パリじゅうがミーナの事故死の話題で盛り上がったが、オペラ座にバレエの新しいスターが誕生するとすぐに忘れ去られた。

 私の首についた七頭龍の爪痕は少しずつ消えた。 そして、血の証文は、ある晩に作成して、注意深く封印した。 七頭龍は、ガーフィールドに、私と七頭龍の密会の件と ミーナへの復讐の件を隠してくれた。 このことは、「イルミナティの高次元の陰謀に関与できるのは、私と七頭龍だけである」 ことの特別な証拠と思われた。


★ 10 ★  鉄の宰相  ビスマルクの暗躍
 世界各国の政府を指導する高位の秘伝者たちの集会に、ある金曜日の夜10時半に招かれた。とても名誉なことだ。低位のブラザーは、この集会が終了した午前2時の集会にしか出席できない。 

 私はグランド・ロッジの「円形神殿」の更衣室で白い衣装に着替えると、水晶円盤を左手に握らされた。 水晶円盤は、フリーメーソンにおいて金銭を請求する権利を意味する。 グランドマスターによって中央大ホールに案内され、そこに入場すると、私が想像していたような私の昇進儀礼を行うのではなく、ベルリン訪問の任務を申し渡されたのだった。 しかも、イルミナティの最高ロッジは、パリだとばかり思っていたが、ベルリンにも最高ロッジがあるという。 フリーメーソンでは、何一つ質問してはならぬ掟になっているため、これ以上のことは分からない。 「あなたは明日、ベルリンに行く。そこで最高ロッジの指令に従え」 と言われた。 水晶円盤を渡すと、6千フランを手渡された。 そして、イルミナティの最高権力(七頭龍)からの直接指令であることを知らされた。 ガーフィールドの姿は見えなかったが、中央大ホールを退出するとガーフィールドに出会った。

 ガーフィールドと一緒にプリンス・ホテルに向かう途中、「ドイツ人のトユラーというブラザーを紹介するので、トユラーと一緒にベルリンに向かうことになる」と聞かされた。 ガーフィールドに紹介された時に交わしたフリーメーソンの合図以外、トユラーがフリーメーソンであることを示すものは何も無かった。 壮年のトユラーは、私を非常に丁重に扱い、先見の明を感じさせる教養に富む男だったので、このような人がフリーメーソンの罠にかかってロッジに入ったことに同情を禁じ得なかった。 

 その時、ガーフィールドが割って入り、私にベルリン訪問の任務内容を記したカードの束を手渡した。 カードの束を読むと、「あなたはクーテソー伯爵夫人となる。 あなたはナルボンに生まれた海軍士官の未亡人であり、パリに1年間住んでいた。・・・」  そして、クーテソー伯爵夫人の出生・結婚・夫の死・夫人の家紋・夫の家紋・両家の家系図などの詳細が記され、「このカードを全て破棄せよ」 と書いてある。

 ガーフィールドは、自分のライバルであるドイツ・イルミナティのビスマルク首相と私を絶対に会わせたくなかった。 しかし、最高権力(七頭龍)には逆らえない。 聖霊がガーフィールドの願いを聞き入れなかったのだ。 ガーフィールドは自制心を失って嘆き悲しんだ。 「あなたは、私を滅ぼすためなら、誰とでも関係を結ぶだろう」とも言った。 パリ駅での別れ際、老け込んだような姿のガーフィールドを初めて見た。

 この3日後、ベルリンのフランス大使館に赴いた。 ここで、あらゆる人々が私に深い同情心と親切心を示した。 翌朝、私はフリーメーソンの定規とコンパスのシンボルの付いた書簡を受け取った。 内容は指令書で、「今宵、クリスタル・パレス劇場への招待を受けよ。 休憩時間にビスマルク首相に引き合わせる。 あなたはビスマルク首相を助けるためにベルリンに居る」 とあった。

 豪華な装飾のあるクリスタル・パレス劇場に入った。そして、トユラーウィルヘルム皇帝の仕切り席に入り、ビスマルクを連れて私の仕切り席まで連れてきた。 この動きによって、私は劇場内の聴衆の視線を浴びることになった。 私はビスマルクに手を差し伸べると同時にガーフィールドが教えてくれた「高イルミナティ」の挨拶をした。 東と西を見てから床を見る仕草だ。 ビスマルクも同じ挨拶を私に返した。 ビスマルクは私に対座して、「この国を治めているのは皇帝陛下であられますが、全てを動かしているのは私です。 あなたと交渉をして私は皇帝陛下さえ超える主人にならなければなりません」と言った。 ビスマルクは、私にそれができると明確に言っているのだが、私も指令が無い限り行動できないため戸惑った。 そこで、「今は話すべきではない」とだけ答えた。

 フリーメーソンは、私を2年間にわたり逐一監視してきたが、これはイルミナティ相互のやりとりによるものだ。 私はイルミナティと6つのグランド・ロッジが緊密な関係にあり、これが1つの会議を形成している。 だから、ビスマルクは、このイルミナティの会議に加わって、ガーフィールドを蹴落とし、自分のやり方でフリーメーソンを動かそうと考えたのだ。 ビスマルクが私に求めたのは、ガーフィールドを葬る際の手助けであった。

 ビスマルクは、皇帝ウィルヘルム一世の地位を保つために働くことを嫌い、君主制度を廃止して、欧州諸国の諸政府の全てを支配することを願っていた。 フリーメーソンは、この時点では、フランス革命(1789)のようにドイツ君主制を滅ぼすことを考えておらず、イタリヤ王朝のように、皇帝とその息子をフリーメーソンに引き入れることを決議していた。 こうすれば、トイツ王家はイルミナティから指令を受けることになる。 また、ビスマルクとしては皇帝ウィルヘルム一世を上回る実権を握ることができる。 つまり、ビスマルクは、皇帝ウィルヘルム一世よりも、はるかに高い位階にあるため、皇帝ビスマルクに従わざるを得ないのだ。

 フリーメーソンは、この方法で欧州全体に支配権を及ぼせると考えた。 フランス革命(1789)以後のフランスは、フリーメーソンの支配下にあったが、フランスの新しい政治指導者たちは、フリーメーソンの支配力から独立しようとしていた。 そこで、イルミナティは、フランスのロッジよりもドイツのロッジを優位に立たせ、フランスがドイツの支配力を受けて自由に行動できないようにする必要があった。 ドイツのビスマルクも、権力の座に留まるためにフリーメーソンを存分に利用してきた。

 ビスマルクは、約束どおり、ベルリンのフランス大使館に早朝に来て、そこで私と会談した。 フランス大使館の中であれば、会談内容の漏洩を防げると判断したようだ。 私は、ビスマルクを眼前にして、「どうやって皇帝ウィルヘルム一世をフリーメーソンに引き入れるというのか? また、私自身がクーテソー伯爵夫人の名前を借りただけの女なのに、ビスマルクに、どうやって貢献できるのか?」と考えた。

 ビスマルクは甲高い声で、「落ち着きなさい! あなたに全幅の信頼を置いている。 フリーメーソンの聖書(悪魔の啓示書)を読めば、皇帝を仲間に引き入れる理由と方法が分かるだろう。 明日、皇帝に引き合わせるので、このダイヤモンドの飾り付けをした金の籠手を、皇帝の目に留まるように、あなたの髪留めに使いなさい。 これがロッジの話を切り出すきっかけになる」 と言った。

 パリのロッジからは、ガーフィールドの用意した豪華な衣装が届けられた。 私は髪をブルネットからブロンドに染め替え、厚化粧をして顔さえも別人になった。 それでも、皇帝との接見に向かうときには心臓が高鳴った。 ベルリンの宮廷の中に入ると、イタリヤ宮廷で受けたのと同様に厚く待遇された。 皇帝の座の近くにいた誰も彼もが私の周りに集まってきた。 突然、皇帝が私の髪留めに注目し、「もっとよく見せるように」と言ったので、私は皇帝の座に近づき、髪がよく見えるように跪いた。 皇帝は「これはフリーメーソンのシンボルのように見受けられるが」と言った。 私は「その通り、正真正銘のものでございます。 世界的な秘密結社と呼ばれるフリーメーソンは、その秘密性ゆえに恐ろしいもののように思われておりますが、あらゆる階層の教養のある著名な方々と麗しい淑女の集いを一目でもご覧になりますれば、恐れは瞬く間に消え失せ、入会したいという気持ちに、誰もがそそられるでありましょう」と説明した。 「何ゆえ、あのような秘密に覆われているのか?」と訊かれたので、「全ての者に門戸を開放し、酒に酔った労働者など、大衆と交わることは難しゅうございます。 ドイツ皇帝が、このような大衆と交わることができましょうか」と言うと、私は83歳の皇帝の顔がほころび、その心に響いたことを見逃さなかった。

 この2~3日後、私はビスマルクを介して皇帝から内輪の会合への招待状を受け取った。 皇帝は私との再会を喜び、私との関係の継続を望んでいるしるしに、ベルリン近郊の美しい家と土地を進呈すると申し出た。 この所有地で毎年5千フランを受け取ったが、強欲なロッジに私物化を禁止された。

 その後、皇帝との3度目の会話の場で、皇帝からフリーメーソンについて訊かれたので、「陛下自らのお考えを持たれるためにも、ロッジにお入りになられることをお奨め致します。 それから、お決めになっても遅くはありますまい」と説明した。  「最後に聞くが、王家の者が、この結社に所属したことはあるか?」と尋ねられ、 私が「ウンベルト一世陛下は会員であられます。 そして、多くの会員たちが、フリーメーソンが今の自分の成功へと導いたとお考えになっておられます」とだけ言うと、私は退出を願い出た。 「ドイツ皇帝をフリーメーソンに入会させ、イルミナティの支配下に置く」という陰謀が、ドイツの治安当局に露見すれば、私の牢屋行は間違いあるまい。 それにしても、男は何と美人に騙されやすいのだろう。

 8日後、ベルリンを発つ時にフランス大使館でビスマルクから呼び出しを受けた。 ビスマルクと落ち合うと、彼は「あなたがガーフィールドを恨んでいるのを知っている。 私も同じ気持ちなのだ。我々はフリーメーソンによる欧州連合造りを計画しているが、ガーフィールドは欧州諸国との同盟関係を締結した後に全世界を米国の独裁的指導力の下に置くことを計画している。 我々が手を組めば、ガーフィールドを葬り去ることができる。 彼は、あなたという我々の麗しい人を、自分の利益にのみ利用してきたのだ。 彼は、そのせいで聖霊の不興を買っている。 裁きの日は近い! ガーフィールドと運命を共にするか否かは、あなたの自由だ」 と言った。 それから、ビスマルクガーフィールドの失墜を保証するため、ガーフィールド自身が書いて署名した様々な文書を私に見せた。

 ガーフィールドは私を騙して強姦したのだ。 私は「彼に復讐する用意はできている」という言葉をもってビスマルクと別れ、ベルリンを後にした。 イルミナティが昔ながらの権力争いをしなければ、アメリカ・ ドイツ・ フランス・ イタリヤを合わせた一大世界勢力を築くことも可能だったろう。


★ 11 ★  イルミナティの聖書
 パリに戻った最初の金曜日、私はベルリンの出来事を全て秘伝者に報告した。 翌月曜日に再び出頭するように求められた。 私が報告を終えてグランド・ロッジを出るときにガーフィールドに出会ったので、私についてくるよう合図した。

 ガーフィールドは、ひどい苦悩の表情を見せ、目から憎悪の火花を散らしながら何度もビスマルクの話題を持ち出した。 そして、「女の陰で動く臆病な野郎だ!」と罵った。 ガーフィールドの機嫌が余りにも悪くて荒々しい態度なので、私は「私の心の中には、あなた以外の方はいなくてよ」と言って慰めた。 だが、この男の横暴で低俗な振る舞いを見ているうちに腹立ちを覚え、ガーフィールドとの別離を予感した。

 「あなたは秘伝者の仲間に入りたいと考えているようだが、フリーメーソンの聖霊、即ち、龍の存在を信じてはいないのだろう?」と訊かれたので、私は「とんでもない、信じていますわ! 今は髙い力が存在することを信じています」と答えた。

 ガーフィールドは、1879年6月に「円形神殿」で実演した交霊会で私に確信を与えたと思ったようだが、その後の10月に自分一人で臨んだ七頭龍との対話で、私が龍の存在を確信したことを知られないように注意した。 

 翌月曜日にグランド・ロッジの大会議場での高位の秘伝者集会に出席したが、ベルリンに関する聴取は無かった。 しかし、大きな本が机の上に置かれ、私一人だけで読めと指示された。 この大きな本は、秘伝者たちが言うところのイルミナティの聖書だ。

 開くと、1ページめにガーフィールドの筆跡で、「ここに書かれている真理を疑わずに信ぜよ。 これは、あなたに語られているものだ」という注意書きがしてあった。 一言で言えば、999年頃に、悪魔ルシファーの霊、即ち、イルミナティの聖霊が告げたものだ。 原本は、イスタンブールの最高ロッジに保管され、アフリカ・ アメリカ・ 東インド・ ロシア・ フランス・ イタリヤの各グランド・ロッジに保管された写本6巻がある。 フリーメーソンを最高ロッジの下に統一したのは、900年代末であると書いてある。 この他の要点を列挙すると次のようになる。

 イルミナティの聖書は、『聖書』の「ヨハネの黙示録」をパロディ化した寓意に満ち、 『聖書』を反証する話ばかりが展開され、 高度に詩的な文体で書かれた新作のソロモンの詩篇もあった。 全体的に矛盾だらけで支離滅裂な悪魔ルシファーの狂詩曲だと感じた。 最初のうちは、くだらない「作り話」にしか思えなかった。だから、詳しく調べようとは思わなかった。 このような私が覚えているイルミナティの聖書の内容は、こうだ。

 『聖書』の「創世記」と完全に矛盾する宇宙創造論が展開されている。 例えば、フリーメーソンの聖霊は、999年に地上に顕現したと考えられており、この聖霊は、地球に来る前に外宇宙を支配していた。 創造主なる神とは「火」であり、この「火」から「光」が生じて地上を漂い、子供たちを造った。 「火」はルシファーの父、「光」はルシファーの母とされている。 それから、999年に「光明に照らされた霊たち」が、「一者を称えよ!」の叫び声とともに地球に降臨したと書いてある。

 999年当時の人々は、古い世界が終わって新しい世界が来ると感じ、死を予期して自分の持ち物を捨て去ったらしい。 また、「ダヴィデの星」(六芒星)のマークや、鎖につながれた天使の姿が描かれている。この天使は、「世界を転覆させる高き力に縛られている」との説明書きがある。

 様々な宗教の分裂の歴史について混乱した説明が続き、カトリック教会を非難してきたプロテスタント教会の異端性についても脚注で解説されている。

 イルミナティの聖書を読んで一つだけ明確になったことがある。それは、異端はみな「宇宙からの光明を得たマスター」によって創始されたということだ。

 最初の異端は、イスラム教の開祖ムハンマドによって起こされた。 ムハンマドの起こした戦争に関する記述もあった。 ムハンマドのイスラム教団は、統一されていなかったため、フリーメーソンがムハンマドのイスラム教団を強力に指導して秘密の儀式で結束させなければ、とうの昔に消滅していた。 イスラム教団の宗教勢力の拡大が、フリーメーソンの勝利に前段階になった。

 悪魔ルシファーの託宣もある。 例えば、「われはわが胸を開き、わが血と、わが苦しみ、わが追放によって、あなた方を養った。われは王座につくために来たのではない。子羊の血を通して、あなた方の命を保たせるために来たのだ」   神界から追放された悪の管理者としてルシファーが、キリストを補佐してきたという意味か? それとも、皮肉を込めた偽りの託宣なのか?

 「終わりの日にフリーメーソンが限りなく支配する」という予言が続いている。 うんざりしながら読み進めるうちに、私の目は、ある箇所で釘付けになった。 なぜなら、聖霊は、自らを現さなくなる時について語っていたからだ。 聖霊は、フリーメーソンが感情に駆られて乱暴になり、正しい思慮を欠いたことを責め、未来の時代を予言していた。

 「あなた方が、もはや、われを見なくなる時が来る。絶望と恐怖があなた方を襲うであろう。 それから、あなた方は、われに向かうことになる。 だが、女が到来する時まで、われは、あなた方に語ることはないだろう」  これに続けて、ビスマルクの私への言葉によれば、私についての予言が記されているのだ。

 「昼に、もう一人の子供がわれらに与えられるだろう。 夜に、もう一人の妖精がオリエントのグランド・ロッジに与えられよう。 彼女は強くなるだろう。 われにしか全託しないからだ。 彼女にとって世界は窮屈になるだろう。 あなた方は、われが支配する、その者を通して啓示を受けるだろう。 彼女は、われと一つになり、われらを引き離せるものは何一つなくなる。 聞け。 一人の女が来て死んだ。 二人目の女が今いて、彼女も死ぬ。 三人目の女は、来て生きるだろう。 彼女には休息と遊興が時々必要になるだろう。 休んでも彼女を拒んではならない。 さもなければ、彼女は、われから離れるかもしれない。 だが、ときがわれらを結び、引き離すことはなかろう。 それを知り、よく覚えよ。 われは、この女を通して話そう。」

 悪魔ルシファーの聖霊が、「巫女」 「選ばれた者」と呼んだのは、この私なのだ。 むろん、私の名前が書かれているわけではないので、悪魔の二重の策略が隠されている。 つまり、「私が聖霊に予言された女であるから、聖霊に忠誠を尽くせ」という私に対する策略と、「私が予言された女である」とイルミナティに思わせ、「悪魔は未来を知っている」とイルミナティを確信させて、悪魔を深く崇敬させるイルミナティに対する策略とである。 だが、実際には、悪魔は未来を知らない。

 多くの哀れな女たちが私以前にいたが、どれも失敗した。 彼女たちはみな殺された。 しかし、イルミナティは、「彼女たちは予言された女ではなかった。 全世界にイルミナティの支配力を及ぼせる、もう一人の女を探している」と説明するだろう。  私は、2日間、グランド・ロッジに滞在して、イルミナティの聖書を貪り読んだ。 批判するはずが、多くのことを学ぼうと熱心になっていた。


★ 12 ★  ルシファーの秘密教義
 私は、グラウンド・カウンシル(大評議会)に出席した。 フリーメーソンの多くの牧師・代議士・上院議員がひしめいていた。 ここに80人の高位階者、世界各国のグランド・ロッジの大使たち、15人の「アジアの騎士」が集ったのだ。 「アジアの騎士」は、宝石を施した鎧に身を固め、金色の縁取りをした赤いマントを羽織り、膝までのブーツを履いていた。このように美しい騎士の着衣は見たことがなかった。 私は金色の光線の入った黒いチューニックを着て、赤いシルクの裏地のあるトーガを外套として羽織った。ブロンドに染めた髪は肩まで垂れ下がり、金色のヘアバンドが額を覆った。 この衣装は、私が「夜の妖精」の秘伝者レベルに到達したことを告げていた。

 私は、2時間半の間、立ったまま、彼らから ロッジの規約・ マスターへの敬意・ 私の性癖や思いなどに関する厳しい尋問を受けた。 最後に投票となり、全員が賛成票(赤玉)と反対票(黒玉)を壺の中に落とした。 結果は、賛成84・反対3であった。 私は椅子に座ったまま、大勢から「おめでとう!」と祝福の声をかけられた。 しかし、このような、「夜の妖精」のお披露目が終わると、次に、「夜の妖精」の秘伝者イニシエーション前の「試練」を受けなければならなかった。この「試練」は、パリではなく、ヴェルドーレにある洋館で行われるため、ガーフィールドの馬車に乗せられて向かった。 後ろからは、6台の馬車がついてきた。 洋館に到着するや否や、黒いヴェールをすっぽりと頭から被せられ、洋館の広間で、「死者を呼び起こす祈り」が行われた。 次に、目隠しをされて地下室の方へ連行され、地下牢の中で目隠しを解かれた。 地下牢は、何もかもが墓場を思わせる真っ暗な場所だった。 手さぐりをすると、机の上にかなりの分量のパンと水があった。 そのとき、上からガーフィールドの声が聞こえた。 「おまえの食べ物は、それだけだ。高い位階(EC)をあきらめるなら、別の試練に変えてやってもいい」 と言うので、私は「あきらめません!」 と答えた。 すると、「おまえは、そこで死ね。さらば」 と上から声が響いた。 私は、地下牢に監禁される「試練」が、どれだけの期間続くのか分からなかった。 そして、パンは4日、水は5日半で尽きた。 私は飢えに苦しみ、絶望の果てに力尽きて床に倒れた。 「私を救ってくれるなら、残る人生を七頭龍に捧げる」 と約束した。 私は、七頭龍の心霊力を疑わなくなっていたので、七頭龍に私の運命を全託して崇めた。 7日目になって、遠くの方からドアを開ける音が聞こえてきた。 突然、天井から地下牢に光が降り注いだので、目が潰れそうになった。 薄目を開けると、ガーフィールドと フランス大統領グレヴィーの姿が見えた。 グレヴィー大統領は、「グランド オリエント」に次ぐ地位にいるフリーメーソンだ。 1791年の革命でフリーメーソンが勝利して以来、フランス共和国政府はフリーメーソンの支配下にあった。

 「あなたは、まだ秘伝者(イニシエート)の輪に入るつもりなのか?」 と訊かれたので、「グラウンド・カウンシル(大評議会)は、私に賛成票を投じたのです。 私は秘伝者の輪に加わります。 それは、聖霊の意志であり、フリーメーソンの聖書にも書かれていること。 今より、私は龍に仕えるのです。 私が主人に迎えるのは彼だけです!」 と答えると、失神してガーフィールドの腕の中に崩れた。

 目を開くと、数人の医師がベッドを囲んでいる。 私は8日間気絶していたという。 また、私の目の中には不思議な炎が燃え、それを見た誰もが戦慄したという。 私がベッドに臥している間、私が秘伝者になる儀式の日が1879年12月3日と定められた。 そして、秘伝者間の「パロール」という合言葉を教えられ、地獄の聖霊から啓示を得る呪文の一覧表をもらい、地獄の聖霊の顕現した姿である七頭龍を自由に召喚できるよう、グランド・ロッジの「円形神殿」に自由に入れる鍵を受け取った。

 私が退院してから儀式までの数日間、途方もない地獄の聖霊と何度も交信したが、多くのことを聖霊が教えてくれた。 私は聖霊から諸宗教の間違いを教えてもらい、死後も霊的に生き続けて他人に憑依する人魔の話を聞いた。 さらに、生と死を繰り返す終わりなき時間の輪廻の中で、「プラトンの7つの扉」をくぐらなければならないと教えられた。 プラトンは地獄にいるのか。 これは、地獄の聖霊による責め苦なのかもしれない。

 フリーメーソンの倫理は、「どんなに邪悪な欲望であっても、その全て満たしながら、自分が望めば、どんな霊的体験もできる」 というものだ。 今の私には、この倫理が正しいように思えた。 

 私は神の被造物に対する一切の愛を捨てた後で地獄の聖霊に支配される、即ち、完璧に憑依される方術を学んだ。 だが、この憑依が、私の心身に如何なる変化を起こすかについては分からなかった。

 地獄の聖霊は、七頭龍の姿をもって現れたとき、その頭の一つだけが七重冠をかぶっていた。 人の姿をもって現れたとき、見事に着飾った聖母マリヤのごとき美しい婦人であった。 天使の姿をもって現れたとき、その態度は光ではなく闇の天使であった。 召使の姿をもって現れたとき、私を上品で優雅に扱った。 七頭龍が私を愛人として扱うとき、そこに性的なものはなかったが、いかなる反対も許さぬ主人として現れ、私を腕に抱いて空中浮遊させた。 この時の私は、何でも見て、知ることのできる別の魂を生きているように感じた。 私は、七頭龍を通じて、あるいは、七頭龍の中で、「並みのフリーメーソンの群衆をはるかに超えている」と感じた。 七頭龍が、このような七変化の姿を私に示したのは、「夜の妖精」である私を感動させるためだ。

 私は、七頭龍に特別に選ばれた存在であり、他の誰よりも七頭龍を愛していた。 但し、恐ろしい一面もあった。つまり、大声で不満をぶちまけ、復讐の叫びをあげることもあったのだ。

 私は、七頭龍のことしか考えられなくなり、夜毎の密会のことしか頭に上がらなくなっていた。 本を読むことさえ重荷になってきた。 私は、七頭龍の地獄の聖霊に憑依されているとき、常に生き生きとした感覚であった。  七頭龍は、私に惜しみなく与えた名誉について語り、「グランド オリエント」を超えるフリーメーソンの地位を幻で示して見せた。 


★ 13 ★  女預言者の旅立ち
 私が秘伝者となるイニシエーションの儀式を行う1879年12月3日の朝ほど、大きな期待感に満たされたことはない。 午後11時にグランド・ロッジの衣装室で、私は白い亜麻布のシャツを着て、この上から錦のチューニックを羽織った。 額に金冠をはめ、ヴェールで顔を覆う。 腕には亜麻布の腕章をつけた。 グランドマスターが私を中央大ホールの扉まで導き、ここでフランス首相フェリーが私に目隠しをして両手に鎖をかけた。 フェリー首相は、フレシーネ政権の教育相だった。 フェリー首相は、私を「秘学の部屋」へ導いた。 5人の秘伝者、6人の「アジアの騎士」、その他が既に集まっていた。 ここで、私は跪かされた姿勢のまま、1時間以上も、フリーメーソンに入った理由を述べるように尋問された。 突然、木製のハンマーを叩く強烈な音がした。 「御霊のお出ましである。 床に平伏!」と告げる「グランド オリエント」のガーフィールドの声が響いた。 それから、ハンマーを叩く音と呪文が響き、地震のような拍手が起こった。

 「七礼せよ!」と再び、ガーフィールドの声が響いた。 彼は呪文を唱え、突然、「フィアト・フラックス!」(最後の光!)と叫ぶと、秘伝者の一人が私の目隠しを解いた。 ガーフィールドが「御霊の宮を開け放て!」と叫ぶや、私の顔を覆うヴェールの四隅を握る4人の秘伝者が、ヴェールを引き裂いた。ヴェールは初めから四分されるように作られていたのだ。 私は「七頭龍は私だけのために現れなければならない。さもなければ、自分は七頭龍に受け入れられない」と思えた。 結果として、七頭龍は現れなかった。

 次に、私は衣装室に戻り、胸と背に十字架の付いた白いドレスの花嫁衣装に着替えた。 グランドマスターから木製のハンマーを手渡され、これでロッジ内部の扉を7・3・1のリズムで叩くと、かんぬきが一つ抜かれた。 この合図を3回繰り返すと3つのかんぬきが抜かれ、扉が開き、「円形神殿」の中に入った。 そこには、6人の「アジアの騎士」が手を握り合って三列になって立ち塞がっていた。 私は後ろにグランドマスターを従え、ハンマーを振りかざして三列の壁を破った。 そのまま「円形神殿」の中央を通り抜け、7段の雛壇を上った。 そして、その真鍮の床をハンマーで叩くと、「円形神殿」の中で待機していたオーケストラが曲を演奏し始めた。 演奏の合間合間に、ブラザーが「タルムード」の一節を朗読した。 雛壇上の演壇から「円形神殿」を見渡すと、金箔の布が壁全体を覆い、列柱から樫の葉が垂れ、シャンデリアが美しく輝き、鎖で吊るされた金製の円盤が前後に揺れながら「円形神殿」の全体を光輝かせている。 列席者は、祭服に身を固めて「円形神殿」の両側に座っていた。

 すると、ガーフィールドティネグレヴィーが重々しい声で私に尋問を開始した。
 1.「どの宗教に所属しているのか?」-----「どこにも所属していません」
 2.「どの宗教の下に生まれたのか?」  ----「ローマ・カトリック教会」
 3.「今、その宗教への信仰を棄てるか?」---「その宗教を信じたことはありません」
 ここで、私はイエス像の付いた十字架を手渡された。もろい材質で造られていた。そして、「その宗教が無意味だと思うなら、それを砕け!」と命じられたので、これを砕いて床に放り投げた。 

 次に、私の洗礼を棄てる儀式が始まった。 洗盤が「グランド オリエント」のガーフィールドの前に出され、彼は、これを血と水で満たし、床に平伏しながらヘブライ語とラテン語を混ぜた「脱洗礼の祈り」を始めた。 彼は、洗盤の血と水を私の頭上に少量だけ注ぎ、「我らを導きたもう至高の聖霊の御力によりて、最低の力に呪縛する洗礼の焼印を除きたまえ。 願わくは、聖霊が汝に乗り移り、高きことがらを汝に知らしめんことを。 汝を通して大いなることを為したまわんことを。 汝を通してイルミナティ・ロッジの計画に光明を与えたまわんことを。 聖霊が汝を導き、動かしたまわんことを。 汝は全く聖霊のもとなれ!」 と祈った。

 ガーフィールドは、跪いていた私を立たせ、ティエントが私を「聖なる幕屋」(サンクタ・サントリウム)と呼ばれる小壇へ導いた。 そして、グランドマスターが七頭龍の像の真ん前で、長く不気味な呪文を唱えつつ、七頭龍の顕現を1時間以上も祈った。

 突然、目に見えぬ力が私をつかみ、私を空中に浮遊させたので、私は叫び声をあげた。 聖霊の力によって私は空中に宙吊りにされた。 何たる瞬間! そして、七頭龍の声を聞いた。 私は重力を含む自然の法則も、如何なる秘密も存在しないことを感じた。 また、この世の人間の弱さを思い知った。 人間は、「どのような力も自分自身から出てくるものだ」 と考えているからだ。 だが、人間に力を与えているのは霊なのである。 私は「七頭龍の聖霊のために全てを棄てれば、七頭龍の中で、どんな力も持て、どんなことも実現できる」と知った。 そうするうちに、七頭龍の聖霊は、私を優しく降ろし始めた。

 こうして、七頭龍の聖霊に導かれながら私の秘伝者イニシエーションの本番が始まった。 七頭龍の聖霊は、私に殺人を行うように強いたのだ。 本来であれば、マスターの指導を受けなければ、複雑な殺人儀式を手順どおりに進めることはできないが、私の場合は、七頭龍の聖霊自らが指導に当たった。 私は、三重冠をかぶった教皇人形の前に立つと、その三重冠を奪い、弓矢の矢を手に取り、これで教皇人形の胸を突いた。 次に、国王人形の前に立つと、その王冠を奪って手で引き裂いた。 そして、王権の象徴である長さ45cmほどの金色の王笏を奪い、短剣を国王人形の胸に突き刺した。 人形の中の人は死んだが、私は何の罪悪感も良心の呵責もなかった。 その場にいた誰もが、私の見せた凶暴な行為に驚き、恐怖した。 聖霊は、洗盤の血と水で両手を洗うよう私に指示をしてから、「円形神殿」の中央へ導き、私に所定の宣言を行わせた。

 それから、私の頭を後ろにのけぞらせた状態で、私の口から聖霊の息を吹き込んだ! 霊的な火炎が身体の中央を貫いて全身に充満し、新たな力が湧き起こってくるのを感じる。 なんという悲劇であろう! 私の顔は邪悪な表情でこわばり、私は悪魔に完全に支配されたのだ。

 私はフリーメーソンの聖書である「タルムード」から、いくつかの節を朗読した。 これは『聖書』を愚弄する内容であった。  私は胸と背に十字架の付いた白いドレスを脱ぎ捨て、フリーメーソンのシンボルの付いたギリシャ風の白い綿衣に着替えた。 脱ぎ捨てた十字架の付いた白いドレスを火の中に放り込んだ。

 私の前に登録簿が運ばれ、ここに私の名前・年齢・犯してきた罪状・加入日を記入した。 この登録簿に「グランド オリエント」のガーフィールドが署名し、6人の「アジアの騎士」、6人の秘伝者が、これに倣った。  彼らは、私の右親指をナイフで切り、私の血を採った。 私は自分の血にペン先をつけ、薄くトレースされた紙の上に、長い誓約の証文を記した。それから、全ての証文に署名をした。
 1.私は、ローマ・カトリック教会の十字架による贖罪と聖なる三位一体の神を捨てます。
 2.私は、ただ一人の神に対する信仰を捨てます。
 3.私は、聖霊から啓示されない全ての奥義と聖霊から出たものではない仕事を捨てます。
 4.私は、自分の肉体・魂・霊を聖霊に明け渡します。
 5.私は、聖霊が私の思考・意思・心を独占することを願い求めます。
 6.私が、聖霊の中で生き、行うように、聖霊が、私の中で生き、行われるように求めます。
 7.私は、聖霊の御名によって、キリストとカトリック教会と、その秘蹟の全てを呪います。

 私が署名を終えると同時に、私の背後にいた聖霊が誓約の証文を取った。 もう一つの証文を渡され、これを死ぬまで持っているようにと命じられた。  証文にはヘブライ語に似たフリーメーソンの暗号が記されていた。 知識に精通していない者は、この暗号を解読できない。 証文を身体から外せるのは、外部からの疑いを避けるのに必要なときだけに限られる。 だが、ロッジの律法によれば、これは有り得ない。 なぜなら、「聖霊が証文を消してくれる」と信じられているからだ。

 また、ローマ・カトリック教会の祝別されたホスチアを受け取った。 このホスチアは、「イエス・キリストに全てを見られたので、私の地獄行きは決定した」ことを確信させるためのものだ。

 私は、とても疲れていたが、フリーメーソンのシンボル入りのトーガに着替え、茶会の催される祝祭ホールに向かった。  皆疲れている様子で退屈な話がだらだらと続けられていた時、突然、電気ベルが鳴り、フランス農業相ティラールが、上の階へ行くと、豪華なカメリア(椿)の花束と、そこに挟まったビスマルクの祝電を私に持ってきた。 ビスマルクの祝電は、ガーフィールドの知らないうちに外から届けられた。これを見たガーフィールドの顔面は蒼白になり、目は怒りに燃えてきた。 ガーフィールドは、花束の間に豪華な宝石が散らばっているのにも気がついた。

 お茶を楽しんでから、ガーフィールドのいない場所で、ゆっくりと、ビスマルクの祝電を読んだ。 「おめでとう。 しかし、私たちの共通の友人を忘れないようにしなさい。 聖霊の利益のために直ちに取り組まなければなりません。 楽しみにしています。 これは聖霊からの伝言です。 首相」」とあった。 つまり、「私たちの敵のガーフィールドに死を与えよ。 やり方は心得ているはずだ。 機は熟した」 という意味だ。 私は祝電を暖炉の中に放り込んだ。 憎悪と復讐の種を撒き、フリーメーソンに死をもたらすことが、私の運命なのだろうか。 しかし、死の指令は、聖霊から来たものであり、私は早急に準備しなければならない。

 時計が午前3時を告げた。 私は秘伝者イニシエーションを完了した旨を報告する演説を出席者たちに披露しなければならなかった。 出席者たちは再びロッジに戻っていた。  私は何一つ演説の準備をしていなかったが、私の空中浮遊を目撃した出席者たちは、私を聖霊の代弁者であると信じ、速記者は私の一語一語を書き留めるべく紙を持って待機していた。 その時、突然、私の口が開き、まるで演説家が喋るように次々と流ちょうな言葉が流れ出てきた。 聴衆は驚きに包まれ、茫然となった。

 私は自分の口から発せられる一語一語を意識していたが、これほど明晰な精神に満たされたことはない。 語っているのは私ではなく、何者かが私を通して語っているのだ。 私の演説の内容は、政治陰謀史の解説であった。 悪魔の極秘計画を聴衆に知らせ、その問題点を指摘しながら、遂行すべきことが、どれだけ残されているかについて語った。 聴衆の表情には、「優れた能力を持つ代弁者を再び手に入れた」という喜びが見えた。 また、恐怖におののいた。 それは私の演説が一部のイルミナティの利己的な行動を暴露し、心に潜む欲望までを赤裸々にしたからである。 一部のイルミナティは、私的利益のために地位を利用した。 しかし、彼らは悪魔ルシファーとフリーメーソン・ロッジのためにのみ仕事をするべきなのであった。

 私は非常なる説得力をもってフリーメーソンの内部危機を訴えたため、誰もが満足した。 私の演説は40分続いてから終わった。 今や、7つのイルミナティのグランド・ロッジは、7人の秘伝者を擁するに至った。 イルミナティは、新しい秘伝者が誕生する度に新しい運動が起こることを知っていたから、私という「恵まれた方」の到来を長く待ちわびていたのである。

 聖霊のみが「恵まれた方」を選ぶ。 演壇の横で待機していた2人の秘伝者が敬意の合図をもって私を半円テーブルまで導いた。 私が半円テーブルに着くと、私は両腕を広げて礼をした。 動揺を隠せない「グランド オリエント」のガーフィールド、他の5人の秘伝者、6人の「アジアの騎士」の順番だった。 彼らも私に返礼をした。 そして、全員で悪魔ルシファーに礼をした。

 オーケストラが演奏を始めると、歌手が1793年のフランス革命の愛国歌「民衆に力を」を先唱し、次にガーフィールドが悪魔賛歌「囚われの神ルシファーに栄えあれ」を歌った。 晩餐会は、いつ終わるともなく続いた。 出席者たちが交わした話の中には非常に興味深いものがあった。 彼らはフリーメーソンが仕組んだ金融崩壊を誇らしげに語っていた。 フリーメーソンは、ユダヤ・シオニスト系列の銀行を手中にしており、これ以外の銀行を破綻に追い込んだのだった。 例えば、ライアン銀行・パリ銀行などだ。 フリーメーソンは、自分たち以外の銀行に対して、フリーメーソンを重用することに反抗した場合、巨額の運用資金をもって太刀打ちできぬ競争相手を作り、自分たち以外の銀行が潰れるまで競争を激化させるのだ。  酒盛りの時間になると、娼婦たちが入場してきて、醜悪なる大乱交パーティーが始まった。 また、酔っぱらった悪漢たちが野犬のように私に群がってきた。 だが、嫉妬深い聖霊が私に憑依して下劣な男たちの自由にさせなかった。

 午前6時になると、私は再び大会堂に行った。そこで、全員で聖霊を招く祈りを行った。 それから、私の演説によって示された新しい計画と、聖霊が何人かのイルミナティに啓示した内容を記録に取る作業に入った。 私は、あの吐き気を催す大乱交パーティーを楽しんだにもかかわらず、真面目なビジネスマンのように振る舞って論理的な議論ができるロッジのブラザーに驚いた。 ガーフィールドが記録の要点をまとめて黒板に書き、これを出席者全員が自分のノートに写し取った。 ロッジのブラザーは、最初の「グランド オリエント」の創設記念日である7月29日に、フリーメーソンの世界支配計画に役立つ新しい案を提出するように求められていた。 こうして、フリーメーソンの世界支配を実現するために民衆を闘いに駆り立てる道を整えるのに、10年、20年の歳月を要しようとも、フリーメーソンの世界支配計画は着実に進むのだ。


★ 14 ★  アメリカ大統領に死を
 私はパリのリドダンンケルクに、庭園に囲まれた美しい屋敷を構えていた。 ダニエル伯爵が自殺する前の話し合いで彼からもらい受けた敷地だ。 ダニエル伯爵が自殺したとき、私はプリンス・ホテルに宿泊していた。 私は、この屋敷でクロチルデ・ベルソーネではなく、上流社会のクーテソー伯爵夫人として生きることになった。 過去の自分の痕跡を示すものはひとつもない。 5千フランを費やして、屋敷の中に新しい衣類・家具・敷物・馬を用意した。 七頭龍は、私との最初の出会いの時に3万フランの金貨の雨を降らせたが、秘伝者は私にもっと高額を使うことを期待していた。なぜなら、フリーメーソンは、この屋敷を「学者の社交場」にする計画だったのだ。 

 やがて、私の屋敷は、「国立科学アカデミー」として知られ、多くのパーティーとギャンブルの機会を提供する場になった。 この屋敷に著名な学者・政治家・高官を招いて、彼らの秘密を探り出すのが、私の役割である。 快楽を求める人間は、光に群がる蛾と同じで、快楽の光に近寄り過ぎて、その火力によって焼かれてしまうことになる。 パーティーでは、女どうして親密な会話をさせ、秘密の悪事・博打の悪癖・家族の秘密・議会工作・宗教界と政界の金銭欲と名誉欲といった、ありとあらゆる個人情報を収集した。 こうした情報を使って、反フリーメーソンの保守派右翼の計画を突き崩すのだ。 例えば、敵対勢力が力を握りそうになれば、その個人の秘密を新聞社や敵対者に暴露する。

 パーティー参加者の中には、事業の成功を求めてフリーメーソンに入会し、倫理に欠けたパーティーで人妻との姦淫を行い、悪魔に仕えるフリーメーソンを敵に回してしまい、殺された者たちもいる。 彼らは、殺されてから防腐加工処理され、グランド・ロッジの「円形演技場」の机の上で、おぞましい人肉の謝肉祭のメイン・ディッシュにされた。

 「国立科学アカデミー」を主宰する私、クーテソー伯爵夫人は、低位階のブラザーたちに「夜の妖精」「聖霊の花嫁」であることを隠して「高位の聖職者」として紹介された。 低位階のブラザーたちには、グランド・メーソン、即ち、イルミナティの仕事が一切分からぬようにされている。 今ここで、悪魔に仕えるイルミナティの階級組織を正確に描写しておこう。

 イルミナティには9つの聖歌隊がある。 しかし、これらの聖歌隊の1つに所属する前に、フリーメーソンの見習いの位階が4つある。 見習いの位階は、フリーメーソンのシンボルの意味を教えられない。 そして、フリーメーソンに入会したこと、集会の場所、集会の内容を一切口外してはならないことを誓約させられた上で、部外者を寄せつけないようにするための合言葉と認識合図を教えられる。 なお、フリーメーソン会員の年会費は、400フランで、位階を上がる度に100フランずつ増額される。

 フリーメーソンの見習いの4つの位階の上に第5位階がある。 性格や忠誠心などを詳しく調査された後に第5位階に入り、ロッジに正式に加わる。 第6位階は一般のブラザーであり、第7位階は高位のブラザーだが、彼らは何ら重要な役職を持っていない。 私は、イスタンブールの「グランド オリエント」のアーメド・パシャに推薦され、見習いの4つの位階をパスして第5位階から入った。 第8位階は「第2グランド オリエント」であり、「裁判官」 「大導師」 「大臣」 「書記官」 「大仕事の執行者」などの称号を持つ大会議のメンバーになる。 第9位階は「第1グランド オリエント」であり、「グランド オリエント」を含む3人の特別なイルミナティは、フリーメーソンの全ての動きを掌握し、この3人の同意なくして、フリーメーソンの如何なる考えも実行に移されることはない。 七頭龍が望めば、この輪の中に1人の「夜の妖精」が加わる。 それが私であった。 どの秘伝者も9つの聖歌隊に紹介されるが、ブラザーとしてしか紹介されることはない。 しかも、本当の長が誰かわからぬように、第1と第2のグランド オリエントを逆にして紹介するのだ。

 さて、私の高位階のイニシエーションの日、300人のフリーメーソンがグランド・ロッジに召集された。 7人のイルミナティの中から選抜された特別な3人のイルミナティの許可がなければ誰一人欠席は許されない。 深夜の集会は、オーケストラによる音楽の演奏をもって開始された。 人間を神に立ち向かわせる目的を持った悪魔賛歌が歌われた。 演奏される音楽は、厳粛で霊的な戦いの陶酔の境地を醸し出した。 全員の感情が敵に対する憎悪と、敵を殺戮する官能へと高揚され、私も地獄の聖霊に鼓舞されて、ありとあらゆる陶酔の感情を体験した。 演奏会は1時間以上に及んだ。

 大会議が始まると、ローマ・カトリック教会と世界各国政府の内部に侵入する新しい方策を「第2グランド オリエント」が列挙し、次に、私が高位階のイニシエーションを受けることを全員に報告した。 高位階のイニシエーションを受ける前の私は、ローマ・カトリック教会の唯一の神と、その三位一体の教理を捨てる「反キリスト宣誓式」を再度しなければならなかった。 それから再度の「脱洗礼式」が行われた。 私は、ローマ・カトリック教会の秘蹟とイエス・キリストを捨て、イルミナティの崇拝する魔神ルシファーと、その実体である七頭龍の悪魔ベルゼブブを受け入れて初めて、半円テーブルに座ることを許された。 次いで、ロッジの7人のブラザー各自が、私をこのような高位階に引き上げた七頭龍の聖霊を称えた。 それから、私の演説の番になったが、私に投票してくれた大会議に謝辞を述べ、全員の利益になるよう最善を尽くすことを約束し、最後に「教会・国王・政府・諸宗教の擁護者たちに、フリーメーソンは戦いを挑み続ける」という叫びをもって話を終えた。 嵐のような大拍手がそれに続き、私は「第2グランド オリエント」の腕を借りて演壇から降りた。 こうして、私の高位階のイニシエーションと大会議は終了した。

 低位階のブラザーたちが大会議場をみな去るや否や出入口は閉鎖され、「グランド オリエント」以下のイルミナティだけが残った。 そして、「グランド オリエント」が、黒板に重要事項を書いてまとめた。 突然、大会議場を不思議な振動が貫いた。 見えない手が黒板に「ロッジの敵に死を!」と書いた。 「グランド オリエント」のガーフィールド以下の全員が震えおののいた。 ロッジを裏切った者を探して互いに顔を見合わせたが、今は、この殺人をする時でも場所でもない。

 いつも通りの乱交パーティーと晩餐会が始まり、早朝の4時まで続いた。 私の「国立科学アカデミー」が社交界で人気を博するようにと、裕福で影響力のある数名に紹介された。 この高位階のイニシエーションを終えた日は、疲れ切っているにもかかわらず、神経が高ぶって眠ることができなかった。

 ガーフィールドが私の神経に障り始め、ガーフィールドとの対立が避けられないように思えてきた頃、ビスマルクからの書簡が届けられた。 「皇帝ウィルヘルム一世の許可が得られず、ドイツを離れられないので、ベルリンに来て欲しい」という内容であった。 私は喜び、疲れを忘れたが、ベルリンに旅立つには、秘伝者たちの許可が必要になり、まる2週間フリーメーソンの会合を欠席しなければならない。 そこで、私は秘伝者たちを私の屋敷で開かれる「学者の集い」の晩餐会に招待し、個別に言いくるめる作戦に出た。 秘伝者たちは、「夜の妖精」である私の意向を儀礼上、拒むことはできなかった。 自分の意志というものを持たないグレヴィー大統領が最初に許可し、2人の男がこれに倣った。 フェリー・ テラール・ ティネの3人は、ビスマルクの肩を持ち、ガーフィールドをからかってやりたいと思っていた。 実際のところ、普仏戦争(1870~1871)でフランス皇帝ナポレオン三世を敗北させ、プロイセン王国宰相ビスマルクを、統一ドイツの英雄に仕立て上げたのも彼らなのである。

 丁度、イスタンブールのアーメド・パシャからセルビアを監視し続けるようにとの指令がパリに来ており、フェリーは、「今回は会合を中止してセルビアへ一緒に行こう」とティネに提案した。 私は、ガーフィールドに「麗しのイタリヤに行ってきます。一月後に会いましょう」というメモを残した。

 匿名を使った私は、ベルリンのフランス大使館に到着すると、私の到着を知ったビスマルクは、すぐにメモを送ってよこした。 「明日、クリスタル・パレスの舞踏会においでなさい。 フランス大使夫人に伝えて、秋用のドレスを用意し、左手にカメリア(椿の花)のプーケを持つことを忘れぬように。 あなたを見分ける目印にします」と書いてある。 国際政治は、俄然、面白みを増してきた。 想像して頂きたい。 私という偽物のフランス伯爵夫人が、米国大統領の「グランド オリエント」を失脚させる決意をし、ドイツ帝国の支配者のビスマルクと謀議している。 その場所は、舞踏会であり、何も知らないフランス政府が、この謀議の全てをお膳立てしてくれるのだ。

 フランス大使夫人が、私の着替えを手伝い、私はぴったりの時刻にクリスタル・パレスに着いた。化粧室に入る寸前に、真っ赤な衣装を着た悪魔姿の男が現れ、私からカメリア(椿の花)のプーケを取ると、「クーテソー伯爵夫人ビスマルク」と囁いて、私の腕を取ってビスマルクの座る特別仕切り席に案内した。 舞踏会に来た好奇心の強い観衆から私を隔離するためにビスマルクが予約しておいた特別席だ。 ビスマルクは、私にドイツ外務省から入手したガーフィールドの行動に関する証拠書類を手渡した。 7月のロッジの決議に反したガーフィールドの利己的な行動を裏付ける書類だ。 ビスマルクは、ガーフィールドを排除するために、これまで見て見ぬふりをしていたのだ。それも、これも、イルミナティの中で権力を握るためだ。

 ビスマルクは、私に自分への連絡なしに危ない行動を取らぬように求め、私の行動を援助することや、ガーフィールドのパリの仲間はガーフィールドと同様に排除されることを恐れて、私に復讐しようとするだろうから、ビスマルクの保護が必要になると警告した。 ビスマルクと私は、バーに移動して気分転換をはかった。

 私は午前2時前にフランス大使館に戻り、そこから郷里のイタリヤに向かった。 いつも通り、午前2時の夜行列車に乗ってドレスデンからライン川上流を抜けてスイスで4泊した。 ローザンヌで1泊してから、イタリヤのヴェネチアへ旅立った。 ヴェネチアで過ごした3日間にガーフィールドへ手紙を書いた。 イタリヤに来たことを証明するためだ。 パリに戻ったのは出発から3週間後だった。

 ある日の午後5時頃、聖霊が予告なしに現れ、「裏切り!」と一声叫んで姿を消した。 初めは事情が呑み込めなかったが、窓に寄ると、私の屋敷の玄関をじっと見ているロッジの密偵がいた。 この瞬間、ひらめいた。 「ガーフィールドは、私がビスマルクから受け取った書類を、この屋敷に隠していると考えているのではないだろうか」と。 躊躇しながら、なおも窓越しに覗いていると、遠くに、こちらへ向かって来る馬車を認めた。 私は、不用意に所持していた書類を焼き捨てた。 まさに間一髪だった。 ガーフィールドが馬車に乗ってビスマルクの書類を探しに私の屋敷に来たのだ。 ガーフィールドは、怒りに身を震わせ、怒り狂って屋敷中の引出をひっくり返した。 それでも書類が見つからないと、「グランド・ロッジの机の鍵を寄こせ」と言うので、鍵を渡した。 それから3日間、私はガーフィールドを避けて屋敷を留守にし、プリンス・ホテルに籠った。

 しばらくしてから、私はビスマルクから書類の写しを受け取った。 そして、私の私邸での夕食会に12人の秘伝者を招き、ガーフィールドが働いてきた陰謀の数々を証明する書類を全員に手渡した。 「ガーフィールドを滅ぼすように聖霊から指令を受けている」ことを私が語ると、全員が震えあがったが、聖霊の指令には絶対服従をしなければならない。 彼らは、地獄の聖霊の力を知っている。 例えば、かつて、アルベルト・シュミットという男が、聖霊の力を自分自身の力だと偽った瞬間に、聖霊は一撃で彼を倒して殺したのだ。 しかし、彼らは、「グランド オリエント」よりも低い階級にあるため、どうしてガーフィールドを裁くことができよう。 私が招いた12人の秘伝者とは、レオンセイフェリーグレヴィーデラーンサンティネラローイドゥク・・ポルベールクレマンソー、その他の2人だ。 私たちはガーフィールドを暗殺することを決めた。 暗殺の手順は、ガーフィールドがパリに居ると暗殺犯追及の矛先が私たちに向かってくる可能性が高いため、ガーフィールドを米国大統領選挙に出馬させ、彼がワシントンに居ることを余儀なくさせる。 こうすれば、パリのイルミナティ・ロッジを指導できなくなり、新しい「グランド オリエント」を選出せざるを得なくなる。そして、新しい「グランド オリエント」の下でガーフィールドの暗殺を実行する、という流れだ。

 米国大統領選挙の選挙戦の当初は、ガーフィールドを知る人は皆無に近かった。 パリのイルミナティは、ガーフィールドが米国大統領選挙に確実に勝つよう、彼の人気を高める宣伝を繰り広げた。 新聞・雑誌・専門誌は、ガーフィールドを誠実な人・ 完全無欠な人 ・政界の巨人・ 大人物・ 時代の寵児という具合に持ち上げた。 パリのイルミナティの宣伝草案は、全世界のメディアに配信され、この宣伝に洗脳された愚かな世界各国の大衆は、能無しのガーフィールドに奇跡を期待した。最後は、フリーメーソンによる投開票の操作によってガーフィールドは米国大統領選挙に圧勝した。 ガーフィールドは、計画通り1881年にホワイトハウスに入った。

 この頃の米国には、悪魔崇拝のイルミナティは存在しなかったが、フリーメーソンのロッジはあった。 ジョージ・ワシントン初代大統領が、アダム・ヴァイスハウプトとともに1776年に結成したロッジが最初のものだ。 しかし、米国のフリーメーソンは、イルミナティのロッジを持っていないため、ガーフィールド自身は、米国内にイルミナティのロッジを結成したいと考えていた。 今こそ、パリのイルミナティは、ガーフィールドを使って米国にイルミナティのロッジを結成できる状況になったのだ。 この好機に、パリのイルミナティは、ガーフィールドの暗殺を決行してよいものだろうか?

 私はガーフィールド暗殺計画の共謀者たちから、早期に聖霊に伺いを立てるように約束させられていたが、私の心境に変化が起きてきたのだ。 つまり、高位階のイニシエーションを受ける前の私は七頭龍を必要としていた。 情熱的に七頭龍の聖霊に願掛けをしていたものだ。 ところが、私がイルミナティの全権を握ると、不思議なことに七頭龍に対して説明のつかぬ反感と嫌悪感を抱くようになっていた。 七頭龍を呼び出す長い呪文に嫌気が差したのか? 恐らく自分の上に主人がいることに我慢できなくなったのだろう。 かつてのダニエル伯爵や今のガーフィールドのように、私も七頭龍が自分に服従することを望んだ。 私の抱く嫌悪感を察した七頭龍は、私を攻撃をしてくるだろうか? いずれにせよ、七頭龍との対話は減ってきた。

 私は木曜日の午後7時にロッジに入り、金曜日の午後11時まで断食をしながら籠ったが、この間、七頭龍の聖霊は黙したまま姿を現さなかった。 しかし、ついに七頭龍は、不気味な美しさを持つ暗黒の天使として現れた。 だが、その言葉は私に聞き分けられるものではなく、異言と異言の間に、うめくようにワケの分からぬ言葉を吐いた。 これほど苦々しい姿に対面するのは、初めてだ。 「われは人類に我慢できない。 わがフリーメーソンさえ、貪欲で卑しく浅ましい悪しき人間性を有しており、われに十分な忠誠と感謝の気持ちを持っていない。 だが、これら死すべき、利己的で低能で依存心の強い者たちが、どうして忠実でありえよう。 彼らの主人であり、全てを与えた、われにさえ利己的なのだ。 彼らの本性は陰謀で、その目的は抑制できない快楽だ。 彼らはロッジの律法さえ汚している」 と悲観的にうめいた。 

 私は、ガーフィールドを暗殺する件について一言も語らなかったが、暗黒の天使は「確かに実行しなければならない! おまえが求めるなら、全員への見せしめとして、われは、それをしよう。 必要な手段をおまえに与えよう。 あいつは死ななければならない!」 と回りくどい言い方をした。

 私は、米国大統領の地位に就いた有力なイルミナティを暗殺するからといって、七頭龍が苦しんでいないことを知った。 私にとって復讐が喜びであるように、七頭龍にとって地獄に一人の霊魂を取り込むことの方が喜びなのだ。 続けて、暗黒の天使は「卑しい人間の本性に逆らって行動する聖人たちが、われにはいない。われが絶望しているのは、これらの不愉快な寄生虫どもが、われの帝国を支配したがっていることを知るに違いないからだ。 だが、下劣な野心と強い憎しみを持つ寄生虫どもは、われの鏡なのだ。 その者を殺すときでさえ、その額の上にわれの印があるのが見える! おお、ガリラヤの男よ、おまえにも自分に有害な者を殺せように! なぜ、愛せるのか!」 と憂鬱な告白をした。  「ガリラヤの男」とは、ローマ帝国の属州ユダヤの北方に位置するガリラヤ地方で、多くの日々を費やしたイエス・キリストを指す。

 私は、暗黒の天使の憂鬱な告白が、イエス・キリストのより高い心霊力に向けられていることを感じた。 私は四六時中、嘆きの言葉を聞かされたが、金曜日の午後10時頃に姿を消した。 午後11時になると、後年に愛人によって暗殺されるガンペッタが、ビスマルクの書簡を携えて私の所に来た。 その内容は、「あなたは今晩、落ち度なく話をするでしょう。ありがとう」 という最後の激励の言葉だった。

 私から重要な啓示のメッセージを受けるために、秘伝者たちは既に召集されていた。 私は演壇に上がったが、そこで霊感は途絶えた。 私は秘伝者たちを前にして何を話すべきか分からず、お茶を濁してギリシャ語写本の話をしていた。 すると、突然、私の心の閉塞感が解け、流暢な言葉が泉のように流れ出てきた! 場内から「なんと恵まれた方!」 と叫ぶ感動の声があがった。 彼らは、これを超自然現象と呼んだ。 私の口から自然に発せられた言葉は、世界各国のロッジの動向と300万人の低位階のブラザーの現状について話した後で、世界各国のグランド・ロッジの動向に話題を転じた。 「指導者のいない低位階のフリーメーソンの中で、我々イルミナティの役割は、最高のイルミナティ・ロッジを米国に創設することにある。 米国に設置される最高のイルミナティ・ロッジは、会員数・財源・影響力において世界最大になるに違いない。 それは、我々イルミナティの努力の結晶として、我々イルミナティの一大拠点になるだろう。 これを実現するために必要な権威と経験の賜物を持っているのは、ガーフィールドしかいない!  聖霊は、ガーフィールドが、ニューヨーク・イルミナティ・ロッジのグランド オリエントになることを望まれている!」 と託宣した。

 私の口から出た託宣の真実性を裏付ける奇跡として、聖霊は、私の秘伝者イニシエーションのときと同様、私を天井まで空中浮遊させ、ゆっくりと安全に降ろした。 イルミナティの秘伝者たちは、歓声と共に私に詰め寄った。 米国大統領選挙に圧勝したガーフィールドも同意している様子だ。

 「世界最高のイルミナティ・ロッジとなるニューヨーク・イルミナティ・ロッジを創設すれば、世界各国のグランド・ロッジに米国イルミナティの影響力を及ぼせる」という考えは、ガーフィールドの目からも読み取ることができた。 ガーフィールドは、パリを離れることを悲しがり、私との不和と離別に痛恨の表情を見せた。 そして、時々、手紙を書くように私に約束させ、私も、これに応じた。 まもなく、ガーフィールドは、米国第20代大統領に就任するためにパリを発った。 それが彼の姿を見た最後だった。

 パリのグランド・ロッジは、グレヴィー大統領が引き継いだが、彼は精神的・霊的な指導力に欠けていた。 このため、パリのイルミナティは分裂して、イルミナティの力は損なわれた。 ところが、ガーフィールドは、自分の去ったパリのグランド・ロッジが崩壊するのを見て有頂天になった。 彼は、私たちパリ・ロッジの敗北を腹立つほど自慢げに手紙に書いてきた。 手紙には、「パリ・ロッジの崩壊を望んだのは私であり、私が、その責任を負うべきだ」と書きながら、私を「愛している」とまで書いてあった。 ガーフィールドの手紙には、あらゆる皮肉と嘲笑が一行一行に込められていた。

 私は、グレヴィー大統領と、その他の秘伝者らが住んでいたビルドーブレに出向いて接見を求め、ガーフィールドの手紙を渡した。 グレヴィーは、自分が嘲笑されている部分を読んだ時、その手を怒りに震わせた。 ガーフィールドは、「パリのグランド・ロッジを駄目にしたのは、軟弱で臆病なグレヴィーだ」と罵っていた。 私もグレヴィーを侮蔑の目で見ていた。 グレヴィーは、私に侮蔑の目で見られていることに気づき、自分がガーフィールドを暗殺しなければ、私からロッジ崩壊の責任を問われ、聖霊に裁かれることを知った。 グレヴィーは、ガーフィールドの手紙を再読してから、それを私に返すと、『この男を終わらせよう。 この男は長く生き過ぎたのだ!』 と言い放った。

 この2~3ヶ月後の1881年7月2日、大統領に就任したばかりのガーフィールドは、ワシントン D.C.のバルチモア・ポトマック駅で2発の銃弾を背後から撃ち込まれた。 犯人は、フランス人のシャルル・ギトーだった。 その場で逮捕されたが、逃げる様子さえ見せなかった。 シャルル・ギトーは、銃撃の理由について何一つ漏らさなかった。 かくして、強靭な男 ガーフィールドは、病院のベッドの上で3ヵ月間以上も苦しみ、ついに息を引き取った。


★ 15 ★  龍への反逆
 ガーフィールドの死後、グレヴィー大統領が「グランド オリエント」の地位に就いたが、その力量に欠け、私は導きと目標を得られぬデルフォイの巫女ピューティアと同じであった。  グレヴィーは、賄賂と票の買収によって国会に入ったが、彼以降、その方法が通例になった。 敵の何人かを買収し、それでも勝てない場合にスキャンダルの暴露と暗殺で口封じをした。 1879年マクマオン大統領が失脚すると、彼が大統領になったが、彼もフリーメーソンの殺人儀式を経ている。 つまり、彼も生きた人間を教皇人形の中に閉じ込めて刺し殺す儀式を行った。 これが英国で起きたセイドン事件の真実であり、容疑者のセイドンは被害者を殺しておらず、自殺した。 本当の犯人は、グレヴィー1874年に死んだ第三秘伝者のテラーだ。

 グレヴィーによる政敵抹殺の有名な犠牲者は、レオン・ガンペッタだ。 グレヴィーは、あらゆる手段を尽くしてガンペッタを誹謗中傷し、その信用を失わしめた。 1881年の選挙後に、ガンペッタを首相にしなければならなくなると、「鳴り響く声を持つ民衆の保護者」と称賛されるガンペッタの人気に我慢できなくなった。 グレヴィーは、ガンペッタを排除するようにグランド・ロッジに働きかけ、これに同意した秘伝者たちは、妖艶なボヘミア娘のレオニー・レオンガンペッタにあてがった。 ガンペッタは、この娘を激しく愛した。 ところが、ガンペッタは、この愛人に心理的に操られた挙句、拳銃自殺を装って射殺された。 ガンペッタの愛人は、グランド・ロッジの暗殺指令を1882年12月31日に冷酷に遂行したのだ。

 グレヴィーは、他人の意見を聞くまで自分の意見を言わない、優柔不断で怠惰な男であったが、どんな圧力にも怒り、肉欲的で強欲で権力に飢えていた。 だから、彼は狂ったようにイルミナティの秘伝者になろうとして悪魔に魂を売った。 結果的に、七頭龍の要望によって秘伝者の輪に加えられたが、イルミナティの秘伝者で彼を承認した者は一人もいなかった。

 グレヴィーは、自分に対抗する者たちが結束することのないよう、絶えず不和の種を撒き散らす方法で事を治めていた。 彼は、この方法でフリーメーソンのロッジ全体とフランス国会を治めていた。 ある者と2人だけの時には味方になるが、敵と一緒の時には、その者の悪口陰口をさんざん言う卑劣な男である。

 イルミナティは、個人的秘密を持つことを許されない。 ところが、グレヴィーは、月に一度、公邸を抜け出してマルリー・スィル・セーヌの別邸で過ごしたので、ロッジは、これを不審に感じた。 そこで、フェリーが別邸の料理長に賄賂を渡して別邸内を探らせた。 料理長は、薬を調合する振りをしながらグレヴィーの室内で七頭龍の写真を発見した。 七頭龍の写真は、その場所で七頭龍の聖霊の召喚を行っていたことを傍証する。 この召喚はグランド・ロッジの「円形神殿」の中でしか許されない行為であり、ロッジの律法に背いたことになる。 この後、フォンテンブローその他の場所でも七頭龍の聖霊の召喚を行っていたことも発覚した。 つまり、グレヴィーは、「グランド オリエント」の座を保つため、別邸その他の場所で七頭龍からの指示を受けようと、七頭龍に具体的な指示を強要していたのだ。

 七頭龍は、これに怒り、グレヴィーを殺すことを約束した。 なぜなら、グレヴィーが「グランド オリエント」の地位に就いて以来、新参者の不正が横行し、ロッジは、私的な欲望を遂げる道具でしかなくなり、七頭龍自身も、これら堕落したフリーメーソンを嫌悪していたからだ。

 私自身の周囲は、敵ばかりになり、事態は深刻化していった。 私とグレヴィーによるガーフィールド暗殺を嘆く秘伝者たちは、グランド・ロッジの内部に別のロッジを作り、私に敵対する計画を実行し始めた。 彼らは、私がガーフィールド暗殺の扇動者と知り、「知的な男たちの間に女預言者を入れたことが堕落の始まりだった」と主張して、私に全てを告白するように迫った。

 私は火曜日の夜11時から男女ダンス・パーティーを開催したが、私に恨みを抱くセジェーは、私がアリアを歌いだすや、「ガーフィールドを暗殺した殺し屋が歌っている。 あいつは自分のやった卑劣な行為を何とも思っていないのだ」とフェリーに囁いた。 これを耳にした私の友人のテセールが、「その傲慢な心を叩きのめしてやる!」と声をあげ、セジェーを平手打ちにした。 「果し合い」の申し込みである。 2人は、パーティーの広間を出た。 私は、彼らの後を追ったが姿は既になかった。 七頭龍に懇願しても無駄であった。 七頭龍は、むしろ死を望んだ。 そして、私の数少ない友人のテセールは、この「果し合い」で死んだ。 セジェーは、4ヵ月間、ロッジの地下牢に閉じ込められ、あらゆる拷問を受け、飢えに苦しみ、低い位階のブラザーの前で愚か者の役を演じさせられた。これは、イルミナティにとって最大の屈辱である。

 私の心は荒れ、七頭龍の聖霊も、私の呼びかけに反応しなくなっていた。 特別集会の演説では、ガーフィールドに対する卑しい非難の言葉しか繰り返せなかった。 ガーフィールドの親友ティネは、我慢できなくなり、「あなたの気まぐれを我々に押し付けないでくれ。 死者を愚弄して何になる。 あなたに今の地位を授け、何から何まで世話になってきた人じゃないか。 誹謗中傷するのを止め、演壇から降りなさい!」 と叫んだ。

 七頭龍の聖霊は、激しいぶつかり合いの瞬間を待っていたように、私を支配し、雷のような声と眼光をもって私に演説させた。 「ガーフィールドは、1871年ナポレオン三世から賄賂をもらい、普仏戦争の最中にドイツ・プロイセン帝国に肩入れをしたとロッジの紀要に記録されています。 ガーフィールドのフランスに対する愚かしい背信行為は、フランス軍がドイツ・プロイセン軍に包囲されたセダンの戦いで、フランス軍を率いたナポレオン三世が降伏した時に結実しました。 本来であれば、フランス軍は降伏せずにフランスの名誉のために戦うべきでした。 フランス軍をドイツ・プロイセン軍に降伏させたガーフィールドは、フランスの敵なのです。 だから、私はティネに侮辱される理由はありません。 なぜなら、私がフランス・ロッジの利益を最も貫いてきたからです。 私は自分の感情を殺して、フランス・ロッジを裏切ったガーフィールドを真っ先に告発したのです。」

 次にティネに向かって、「フランス軍を率いたナポレオン三世は、ドイツ・ブロイセン軍に降伏して敗北したはずです。 フリーメーソンの誓いを破った、このカルボナリ党員のナポレオン三世は、七頭龍の聖霊から死ぬべきことを求められていました。 それにもかかわらず、なぜ、英国イングランドに亡命できたのですか?  一体、誰が、この男を助けたのですか? 世界各国のグランド オリエントたち、即ち、ビスマルクアーメド・パシャネリセオリドたちが、ガーフィールドの死を求めていたにもかかわらず、ガーフィールドを助けようとしたのは、一体、誰ですか!」 と訊いた。

 そして、私を迫害する全員に向かって、「フランス・ロッジの利益を最優先する私の方針に逆らって、ティネを喝采したい者がいれば、起立して、七頭龍が聞けるように考えを明らかにしなさい! 七頭龍はグランド・ロッジの敵全員に死を! と言うに違いありません」 と叱りつけた。 聴衆の顔色は蒼白になり、頭をガックリと垂れた。 ティネは、ブラザーたちの冷たい視線を感じて沈黙し、肩を落として、私に対する抗議を撤回した。

 私に反対する者たちは、変節漢の「グランド オリエント」のグレヴィーに頼り、私に敵対する計画を諦めないだろう。 私は一人で闘わなければならないのだ。 あのビスマルクでさえ、ガーフィールドの暗殺に成功すると、ガーフィールドの暗殺を手引きしたビスマルクの姿を知る私を滅ぼそうとしているに違いない。 かつてのビスマルクは、側近のペイヴァに、「おまえは頭が良くて私を知ろうとし過ぎるから、後で私の全てを壊そうとするだろう。もう用はない」と話した。 そう、ビスマルクは、私を愚か者と考えたから私に仕事をさせたのだ。 愚か者や精神異常者が、悪魔に利用された暗殺犯になるのが世の常である。 「黙って逮捕され、何も喋らなければ、処刑の直前に助け出される。 それから、億万長者の優雅な生活が待っている」 と言葉巧みに騙された暗殺犯もいたことだろう。

 私は、敵対者たちとの闘いに神経が苛立ち、ヒステリーを起こしそうなほどに過敏になっていた。 大会議場で行われた会合でラロワイエル議長が私に演壇に立って話してくれるように丁重に申し出た。 彼らは私に誉められることを期待していたが、私のヒステリーが爆発して、彼らの怠慢を責め、「ロッジに背いた罪人たちの氏名を暴露する」とまで言った。 全員が七頭龍に告発される恐怖に駆られて押し黙ったが、画家のシェールだけは、「いつまで、この女の言いなりになっているつもりだ。 我々を愚弄するのもいい加減にしろ。 剣の力で目を覚まさせてやる!」 と抗議してきた。

 翌朝、私は、部下のフェリーランサンシェールの家に送り、「果し合い」 を申し込んだ。 私はフェンシングは得意ではなかったが、七頭龍からの援護を計算に入れた。 場所はスイスのベルンだった。 真剣を使ったフェンシングの勝負は、あっけなく決まった。 私は相手の胸を突いて一本勝ちし、相手はその場で意識を失った。 シェールを治療した医師は、「たいした傷ではない」と考えて彼をパリへ帰らせた。 14日後、シェールは、肺出血した血を口から吐き出して死んだ。 この後、私は自分の修行・ 呪術・ 儀式に警戒信号が現れたので、自分の握るイルミナティの最高権力が敵対者によって覆されたことを知った。

 「グランド オリエント」のグレヴィーは、横暴な私を懲戒処分にするべきだったが、何もせずに黙っているだけだった。 案の定、ガーフィールドの擁護者たちは、グレヴィーの優柔不断な態度に激怒し、私の敵対者は一層増えた。 グレヴィーの統治方法は、国会でもロッジでも、自分のライバルが結束しないように不和の種を撒き続けることなのだ。

 グレヴィーは、交霊術にのめり込み、死者の霊からのメッセージを書き留めていた。 例えば、暗い部屋に置かれたテーブルを囲み、手を握り合って人の輪を作り、死霊がテーブルを叩く音の数を解読したり、死霊に憑依された状態で自動書記を行うことに通じていた。 グレヴィーは、ある日の交霊会で私の目の前にイルミナティのシスターの死霊を出現させた。 この死霊は、自動書記を通じて、「自分は実の兄の子供を産んで死んだ。 兄は、このことを誰にも知られないように助産婦も呼ばなかった」 と伝えてきた。 これを体験したイルミナティは、「自分の反道徳的な行為も、交霊会の場で暴露される危険性がある」 と恐れた。 また、フリーメーソンの新参者に対して、「裏切り行為や個人的な秘密は、交霊会の場で暴露されるから絶対に裏切るな」 という脅迫の材料にした。

 グレヴィーは、交霊会の成功に味をしめ、今度は、堕落したカトリック司祭のマザティ大修道院長を呼んで、冒涜的な黒ミサを午前2時から行わせた。 私たちは、金のカリス(聖杯)、金のパテン(皿)、聖水の瓶、葡萄酒の瓶、清めの瓶、聖体覆い、ミサ・カード(ミサの日時の告知書)、祭衣一式というカトリック教会のミサに必要な物品の全てを与えられた。 つまり、マザティ司祭は、悪魔ルシファーの冒涜的な黒ミサの権威を高めるために完璧に準備していたのだ。

 カトリック教会の正真正銘の祭壇が用意され、その上に聖体器が置かれた。マザティ司祭は、式次第に沿ってミサを行い、ホスチアの詰まった聖体器を祝別した。 本物のミサが厳粛に行われた後、マザティ司祭は、食卓の皿の上ににホスチアを乗せると、祭衣を脱いで食卓に腰を下ろした。 そして、ホスチアにソースとワインをたっぷりとかけた。 ティネは、肉にホスチアを混ぜて犬に投げ与えた。 マザティ司祭はホスチアをナイフで突き刺し、グレヴィーはホスチアに卑猥な絵を描いた。 他の秘伝者たちも汚れた手でホスチアをもてあそび、最後に余ったホスチアを娼婦たちにお菓子としてプレゼントした。 こうした冒涜的な黒ミサが、七頭龍の聖霊を非常に喜ばせたのである。

 マザティ司祭は、グランド・ロッジのイルミナティよりも上にいると思い込むようになり、命令に従わず、呼ばれもしないのにグランド・ロッジに来て秘密会合に出席した。 彼はカトリック司祭にしかできない、あらゆる冒涜的なカトリック儀式の実施をイルミナティに提案したかったのだ。 重要な会合が行われる、ある晩、ミサをあげているマザティ司祭の姿があった。 「グランド オリエント」のグレヴィーは、これに激怒し、「どうやって入ったのか?」と詰問したが、返答はなかった。 「すぐに出て行け!」と言われても、意に介さずに黙々とミサをあげているので、私は「ミサが終わるまでマザティを祭壇から引き離すべきではない」と言って、グレヴィーの怒りを制止し、私たちはマデラ・ワインを飲みながらミサを眺めていた。 マザティ司祭がミサを終えて祭衣を脱ぐと、グレヴィーに向かって、「次の聖金曜日のために120個のホスチアを祝別した。 私がここにいるのは、聖霊の指令によるものだ。 私は恵まれた方クロチルデと同じく、聖霊を通じて行動しているのだよ。 聖霊に逆らえる者はいないはずだ」と言った。 マザティ司祭の言葉は本当だった。 マザティ司祭は、七頭龍に出現を命じる強力な方法を知っていた。 七頭龍を出現させるのに何時間もかかるイルミナティの儀式を、とうに放棄していた。 マザティ司祭の使った新手の方法は、「父・子・聖霊の御名」によって七頭龍を出現させるもので、これを使うと、七頭龍は即座に姿を現した。 秘伝者の何人かは既に、マザティ司祭の方法を使い始めていた。 呼び出される七頭龍の側は、明らかに嫌がってはいたものの、従来の召喚方法よりも効果的で便利だったのだ。

 グランド・ロッジは、1882年に七頭龍の召喚方法を誤用した罰としてマザティ司祭を3ヵ月間イタリヤに追放し、教皇庁の動向を探らせた。 こうして、グランド・ロッジ内部の堕落は益々ひどくなっていた。 私は、この頃からグランド・ロッジを離れつつあったので、この後のマザティ司祭の働きに関して何も知らない。

 フランス革命(1789年)でフリーメーソンがフランス政府の権力を奪取して以来、フリーメーソンの共和派は、信教の自由を保障するどころか、全ての宗教の信仰を禁止し、これに反抗する者をギロチンにかけた。 ところが、反フリーメーソンの王統派は、君主制の復活と信教の自由を求めた。 フリーメーソンが完全に支配するフランス政府は、全ての宗教を禁止してきたが、外交官のX氏が君主制を復興して信教の自由を取り戻そうと手を尽くしていることを、フリーメーソンのフランス議会議長が私の「学者の集い」で知り合ったシャビュル伯爵の旧友のX夫人から探り出した。 そこで、グランド・ロッジは、若き秘伝者のルロワX氏の暗殺指令を出した。 ロンドンのフランス大使館に勤務するX氏を少なくとも1年間ロンドンに釘づけにするため、ロンドンで様々な問題を作り出した。 この間、若き秘伝者のルロワX夫人を誘惑し、2~3ヶ月後にX夫人は妊娠した。 X夫人が私に助言を求めてきたので、中絶するよう説き伏せる一方、この醜聞を言い広めた。 グランド・ロッジは、外交官のX氏ルロワとの「果し合い」を決意するまで、この噂を広めた。 この結末として、聖霊の力添えを得たルロワは、決闘でX氏を殺した。 そして、フランス政府の裁判所は、ルロワと密通したという理由でX夫人を告発し、グランド・ロッジの関連銀行がX氏の財産を没収した。 こうして、X夫人は不信心の汚名を被って無一文となり、グランド・ロッジは30万フラン以上を手に入れた。

 1881年2月18日、「グランド オリエント」の総会がパリで開催された。アフリカのトンプソン、米国と東インド会社のガスコニ、イタリヤのネリ、フランスのグレヴィー、トルコのアーメド・パシャ、アジアのセベイク・カディル、ロシアのソロコフという7人の「グランド オリエント」がパリに集まった。 ローマ・カトリック教会と世界各国の全王室の根絶を目標に掲げる弾劾演説をもって総会の会議は開幕した。 アフリカの「グランド オリエント」のトンプソンは、ローマ・カトリック教会の高位聖職者を買収してフリーメーソンに引き入れ、ローマ・カトリック教会を内部から喰い滅ぼす戦術を提案した。この提案は実行された。 私は買収されてフリーメーソンに入った司教の名前を知っているが、その司教への配慮から実名を書けない。

 イルミナティの確固たる長期計画は、世界各国の全ての国王の抹殺にある。ロシア皇帝アレクサンドル二世の暗殺指令が出されたのも、イルミナティの長期計画に基づく。 暗殺は、常に「グランド オリエント」によって計画され、ロシア皇帝アレクサンドル二世の場合、フランスのグレヴィー大統領とトルコのアーメド・パシャが計画した。  1881年3月13日の日曜日、心優しい皇帝アレクサンドル二世は、サンクトペテルブルク市内の大聖堂のミサから出るときに、イルミナティの工作員によって、その足元に爆弾を投げられた。ロシア皇帝の身体は引き裂かれ、息を引き取った。その周囲にいた大勢も死亡または重傷を負った。 私は「ロシア皇帝アレクサンドル二世の暗殺事件に関与した殺し屋たちは全員、パリのグランド・ロッジの名誉会員か正会員であった」と、ディナムイコから聞かされた。 (ロシア皇帝暗殺の背景を知らないロシア治安当局は、手投げ爆弾を投げた「人民の意志」党員のポーランド人のイグナツィ・フリニェヴィエツキ、ロシア人のアンドレイ・ジェリャーボフソフィア・ペロフスカヤなどを処刑して終えた。)

 1881年8月~9月の国会議員選挙と1882年1月8日に始まった上院の新体制は、イルミナティの弱体化を明らかにした。つまり、議会で上程される、どのような法案にも優位を確保できる十分な人数のフリーメーソンが上下両院に居たにもかかわらず、フリーメーソンに支援された政府官僚の多くの候補者が過半数の得票に到達しなくなったのだ。 このことは、フリーメーソンの立場を揺るがした。 しかも、フリーメーソンの新参者は、自己の野心のためにしか階級を上らなくなり、階級の秩序がぐらついてきた。 彼らは、ロッジから票や金銭の支援が得られないと、「別のロッジを設ける」と言って脅しにかかった。 この時期に、ローマ・カトリック教会の勇敢な司祭が1人でもいれば、フランス政府を支配するフリーメーソン独裁体制は、完全に崩壊したであろう。

 フリーメーソンの力の源泉は、その財力にあるが、選挙戦の莫大な出費のために、その財源は底を尽き、革命と戦争を誘発するテロ計画を実行に移すための資金も欠乏した。 イルミナティが創設した国際社会主義労働者党でさえ、グランド・ロッジからの金銭的な要求の重みに耐えかねた。 資金不足に陥ったイルミナティは、世界各国での仕事を推し進めるために、ほとんど無名の信用のおけぬ共謀者たちを使わざるを得なくなった。

 1882年1月28日、英国のウェールズ皇太子※は皇太子妃を伴って、話し合いのためにパリを訪れた。 グレヴィー大統領は、献上品と「カドシュの騎士」という称号を授与してウェールズ皇太子をフリーメーソンに取り込むことに成功した。 だが、既に「プリンス・オブ・ウェールズ」の称号を持つウェールズ皇太子には、フリーメーソンの最高位の称号を受けたところで何の意味もなく、英国に帰国して以来、フリーメーソンに仕えようとしなくなった。
ウェールズ皇太子は、後の国王エドワード七世(1841~1910、在位:1901~1910)であり、1901年12月27日伊藤博文(1841~1909)と会談した翌年1月30日に「日英同盟」(1902~1923)を締結した。

 フリーメーソンのフランス・ロッジとドイツ・ロッジの力関係は、明らかにドイツ・ロッジの方が勝っている。 ビスマルク率いるベルリン政府は、フリーメーソンを中心とするヨーロッパ連合の構築と汎ゲルマニズムの普及という理念を明確に掲げてきた。 ところが、フランス・ロッジは内部抗争に明け暮れ、一攫千金狙いの会員しかいないのだ。 そこで、ティネは、一攫千金計画を延期して、元来の世界征服計画に戻ることを提起した。それから、ブラザー全員を一堂に集めて新たな情熱に燃えるよう指令した。

 フリーメーソンの単純な金融操作によって毎年、巨額な資金がフランスからドイツへ流れ込んでいた。 ついに資金が枯渇したフランスは、幾多の金融破綻が起こり、セーヌ川に毎日10人の自殺した遺体が浮かぶ事態になった。 フランスからドイツへ流れた資金は、フランスの値下がり株をただ同然で買い占めた。 こうして、フランスの国力は衰えたのだ。

 私は、七頭龍に光明を求めて願い出るため、パリのグランド・ロッジの紀要にもない並外れたセッションを一人だけで行った。 七頭龍の顕現を求めて呪文を開始した3時間後、大理石像の七つの頭が甦り、眼から火が放たれた。 胴体は不動のままだった。 それから、七頭龍は3つの分身を作って分かれ、その分身が私の霊・魂・体に憑依した。 私の霊に憑き、人類に対する反逆の力を湧き上がらせた。 私の魂に憑き、悪しき権力欲の感情をもたらした。 私の肉体に憑き、私の情欲を刺激して七頭龍に抵抗できないようにした。 かくして、私は自分の存在を忘れ去り、生命力が消え、動く感覚も無くなり、体を痙攣させたまま床を転がった。 七頭龍は、「行って、おまえ自身の精神で行動せよ。 われはおまえを通じて話す。 おまえの身体はわれのものなのだから」 と告げて私の心身から去って行った。

 フリーメーソンの集会では、ローマ・カトリック教会を根絶する必要性を熱心に説く演説者ばかりだ。 例えば、「修道院の財産は、貧困者に分け与え、そこに集う愚か者を世俗社会の中に放り出し、修道院制度を廃止すべきだ」 「カトリック教会は、少年少女を使ってチョコレートやワインの製造工場を経営しているが、これが他の工場労働者の賃金を低下させ、食品産業界に打撃を与えている」 「プロテスタントは、新聞と書籍によって簡単に扇動できる。彼らは君主制によって信仰などの自由権を保護されているにもかかわらず、フリーメーソンと共に君主制に反対するだろう」・・・・・。 私は、レオ・タクスィルの「教皇レオ九世の愛人」という本を題材に、ヴァチカン市国を不道徳な世界的陰謀の巣窟として非難して、「善人ぶらない」フリーメーソンを正当化した。 また、「ヴィットリオ・エマヌエレ二世は、1870年に国王の座に就いて以来、アントネッリ枢機卿に影響され、フリーメーソンによる革命を阻止するため、ヴァチカン市国とイタリヤ王国議会を守る秘密平和協定に調印した。 これがフリーメーソンを裏切ったヴィットリオ・エマヌエレ二世を暗殺した理由であり、私はウンベルト皇太子と共に暗殺を実行した。 ところが、ウンベルト一世国王も、亡き父王と同様に、教皇に対抗している様子が見られない。 裏切り者であれば、ウンベルト一世国王も処刑しなければならない。 グランド・ロッジの監視官は、全てのフリーメーソンの王族・政府高官・政治家に対して、ロッジの指令に絶対服従を約束させ、これを拒む者に死を通告するべきだ」と演説した。 私のこの演説に全員が同意した。 半公開の月曜例会で、この議題が討議され、出席者440人のうち反対22人で可決された。 そして、秘密を洩らしやすい見習いメーソンには、故意に虚偽情報を与えて、ローマ・カトリック教会の司祭と民衆を誤導させた。 見習いメーソンには、情報源以外は特に守秘義務がない。

 しかし、七頭龍の考え方は、私の考え方と違っていた。 だから、私は七頭龍に大胆にも不満を述べた。 これが、私と七頭龍との親しい関係を損ない、七頭龍は私を低くさせるために私の周囲に超常現象を起こし始め、それが私の神経と健康を損なった。 私は今まで熱心に求めてきた七頭龍との交わりを執拗に避けるようになった。 私と七頭龍の不和を、秘伝者たちも心配し始めた。

 七頭龍は、報復として大会議の質問に何一つ答えなくなった。 金曜日の夜、フリーメーソンの記章のない長いトーガを着た秘伝者たちが「円形神殿」の大理石の七頭龍の像の前で七度の平伏をして、怒りの静まらぬ七頭龍に赦しを請うた。 だが、七頭龍は何も語らず、彼らは何の成果もなく帰った。 彼らが帰った後、私の身体は硬直し、私の精神は予期せぬ高みへ引き上げられた。 こうして、七頭龍の聖霊は、私に秘伝者たちの心の内を理解させたのだ。秘伝者たちが嘆いていたのは、七頭龍を怒らせたからではなく、乱交パーティーに要する酒代と娼婦代、政府の要職を占められるように次の選挙の賄賂とするカネ、競技代、宴会代が必要だったのだ。 つまり、彼らに富を与えなくなったことを嘆いていたのである。

 私は、これまでフリーメーソンのあまたの犯罪を目にしてきたし、幾多のイルミナティの非業の死にも関与してきた。 そして、「彼らと似た運命が私に降りかかるのではないのか」と恐怖して眠ることもできなくなった。 ある日の夢で、「黒の部屋」に置かれた名前の付いた18個のドクロが現れた。 そして、ガーフィールドの亡霊が角の生えた鷲の姿となって宙を舞い、復讐を喜ぶ歓声をあげていた。 私は大きなショックを受け、自殺を考えた。 但し、母は、私のために祈っていてくれたに違いない。 絶望の夜に一条の光が見えだしていた。 私はイルミナティの「至高の存在」であるルシファーに命令を下せる、あの「神の力」を思った。 しかし、自分には神に祈る資格が全くないことに気づき、あえてそうしなかった。 全能の神のかすかな光が、私に自殺を思い止まらせた。 むろん、このような私の気持ちが七頭龍との和解に役立つはずがない。

 私は秘伝者たちから毎日のように新しい処刑者の話を聞かされた。 これらの処刑は、高い位階に進みたいと願うブラザーが行う殺人儀式のために行われたものだ。 最近、権力の座に着いたフランスの政治家も殺人儀式を経て権力を手にしたのだ。

 フリーメーソンの「テスト57」とは、妊婦がこっそり産んだ赤ん坊をロッジの全員の見ている前で溺死させる儀式だ。 別のテストは、人形の中に閉じ込めた生きた人間を刺し殺す儀式だ。

 フリーメーソンの大会議に興味本位で出席しようとした愚かな政府高官は、フリーメーソンに入会する宣誓式の段階になって自分のキリスト教信仰に反するため、入会を拒否した。 そこで、ロッジは口封じのために彼に薬を盛った。 彼は、ブローニュの森で倒れているところを発見されたが、薬の作用で発狂して精神病院に入ったままだ。

 この頃、ティネティラールは、パリ伯爵と呼ばれた皇太子ルイ・フィリップ二世(1838~1894)を君主制の復活を餌にしてフリーメーソンに引き込む計画を進めていた。 だが、皇太子は、フリーメーソンを調査した後に断った。 そこで、「頑固な皇太子を入会させるか、暗殺せよ」との指令がケルナートールというブラザーに下った。  シャンボールで夏の休養を取っていた皇太子は、訪問してきたケルナートールを非常に親切に接待したので、彼らは皇太子を暗殺する勇気を挫かれた。 彼らはグランド・ロッジに帰ってくると、「皇太子は、御用邸におられなかった」と報告した。 だが、七頭龍は、ケルナートールの虚偽報告を反証する材料をとうに握っていた。 このため、ケルナーは、物質化した七頭龍の手にかかって、原型をとどめぬ血だらけの肉塊と化した。 トールは、地下牢に投げ込まれた後に次の金曜日に行われた殺人儀式で殺された。

 残虐に人を殺すことを好む七頭龍が、自ら手を下した、もう一つの猟奇殺人がある。 関係者の家族の名誉を心配して実名を伏せるが、「第2グランドオリエント」のT氏は、貴族階級の若い人妻の愛人を囲っていた。 その愛人の夫君は、有名な高級官僚だ。 ある晩、酒に酔ったT氏は、若い人妻の愛人にフリーメーソンの秘密活動について口を滑らせた。 好奇心をもった若い愛人は、翌日も、ロッジの秘密活動について質問してきたので、口外しない約束でロッジの秘密活動を説明した。 お喋りを我慢できなかった彼女は、T氏から聞いた内容を従兄弟の政治家に打ち明けてしまった。 しかし、その政治家は、フリーメーソンの大会議のメンバーだったのだ。 従兄弟の政治家は、「彼女がロッジの秘密を知っている」と密告したが、T氏は責任の一切を若い人妻の愛人になすりつけた。 そして、罠にはめられた彼女は、真っ暗な地下牢に1ヵ月間閉じ込められ、世間が「夫を捨てて逃げた」と信じるように宣伝された。 その間の彼女は、従兄弟の政治家T氏から聞いた話を打ち明けたことが原因で地下牢に閉じ込められたことさえ知らなかった。 ついに、大会議で彼女が裁かれる時が来た。 彼女にはレオセイという弁護人が付けられ、T氏は自ら検事役を買って出た。 検事役のT氏は、かつての愛人に最悪の罪状を積み重ねた。 彼女は驚きと恐怖で半狂乱になった。 ロッジのメンバーの投じた7つの球が彼女に有罪を宣告した。 フリーメーソンの秘伝者の誘惑にのって姦淫の罪を犯し、フリーメーソンの秘密を漏洩した不埒な彼女を残虐に殺害して「見せしめ」にするつもりの七頭龍は、判決が下る直前に異次元から物質化して現れた。 七頭龍の出現は輝く閃光に始まり、大きな雷鳴が響いた。 悲しい葬送行進曲が流れるなか、物質化した七頭龍は、哀れなをめがけて飛びかかり、をわしづかみにすると、力強い前足の一方で宙に投げ飛ばした。 は戦慄の叫びとともに床に落下した。 は七頭龍の邪眼を見まいとしたが、七頭龍は再びつかみかかり、鋭い爪でを引き裂き、この美しいは血だらけの肉塊に成り果てた。 衣類は引き裂かれ、抜けた毛髪が散乱した。 七頭龍がのはだけた胸を一撃するや、の口から血が噴き出た。 さらに、を壁に叩きつけ、の身体は見分けがつかぬほど変形した。 七頭龍は、それでも飽き足らずにの髪をつかんでホールじゅうに死体を引きずった。 それから、死体にまたがり、鋭い角を何度も刺して切り刻んだ。 この惨劇が丸一日続いたのだ。 この目撃者のティラーは、感情を変えることなく、この話を淡々と語った。

 私は高い位階ゆえに、私を処刑できるのは七頭龍しかいない。 私は「七頭龍の手にかかるよりは、男の手にかかって死にたい」と思った。 私は恐怖のあまり、「私は恵まれし人なのだ」と何度も言い聞かせ、フリーメーソンの聖書の予言を調べ直した。 グランド・ロッジの紀要の第18巻1225番に、これらの恐ろしい犯罪の証拠が発見できるので、「警察当局にロッジが摘発された時には紀要を没収して欲しい」と神に祈る!

 私は、私以前の「夜の妖精」の記録を求めて紀要を調べてみた。 彼女たちの人生に興味はなく、その最期が知りたかっただけだ。 フランス人のカテリーナ・ヴァジェは、「テオス」の名をもらったフランス革命期に生きた教養ある女性で、英国人のテレサ・シザーは、「シルビア」と名乗った無学な女性だった。 いずれも、霊感でイルミナティの「夜の妖精」の仕事を助けられることはなかった。

 カテリーナ・ヴァジェは、マクシミリエ・ロベスピエール(1758~1794)の台頭から没落までの間、イルミナティのエリートとして重要な位置を占めていた。 ロベスピエールは、イルミナティのために政府転覆の手助けをした後で、彼らに殺されたのだ。  ある日、カテリーナ・ヴァジェは、ローマ・カトリック教会に戻りたいと願ったので、彼女に取り憑いていた悪魔から不興を買った。 フリーメーソンの用語によれば、彼女は「反逆の霊」に屈したのだ。 彼女は、薬物を飲まされて狂人とみなされ、鬱病で死んだ。 

 「さらに、ひどい運命が、この私を待ち受けているのだろうか?」と思ったとき、「最初の妖精は来て死ぬ。 2人目の妖精もまた来て死ぬ。 だが、3人目の妖精は永遠に生きる」 という予言の言葉が私の耳に響いた。 すると、「そうだ、今回の苦難も、やがて終わり、七頭龍との輝かしい和解をなし、結合は更に完全なものになるのだ! 私はフリーメーソンのための世界独裁を達成する特別な最高位階に就くのだ」 という奇妙な思いにとらわれた。


★ 16 ★  逃避行の朝
 私の敵対者は、「円形神殿の半円テーブルから女を除け!」 を合言葉にしていた。 そして、ついに、私をグランド・ロッジの裁判にかける動きが出てきた。 私の邸宅で何度も尋問を受けた。私が以前、口にした言葉について繰り返し詰問された。 グランド・ロッジの中で私が喋った言葉は全て記録されていたのだ。盗聴と記録のシステムは、ガーフィールドが開発し、グレヴィーによって大掛りな盗聴システムへと変貌した。 ロッジでのヒソヒソ話も、音響パイプを介して地階の管理室にいる速記者たちに届く建物構造になっており、ロッジの中で他者に意見した言葉が、全て記録され、あとで注意深く審査されるのだ。 私は、かなり気軽に会話を楽しんで他者に対する痛烈な言葉を平気で口にしていたが、低位階のフリーメーソンであれば、とうの昔に殺されていたであろう。 フリーメーソンの全てに、うんざりしていた私は、尋問された時に彼らの失態・ 落ち度・ 下劣さ・ 私に対する羨望など、洗いざらいを話してやった。 私の証言内容を知った大会議のメンバーは、ほぼ全員、私への敵意をあらわにした。

 結局、私はグランド・ロッジの裁判にかけられたが、欠席裁判であった。 この欠席裁判の後に、七頭龍自らが私の処分を決定した。 私の処分結果を、グレヴィーから聞かされたが、「無慈悲な七頭龍からすれば、かなりの温情判決であった」と言える。 私は、フランス南東部に位置するグルノーブルにあるフリーメーソンの経営する売春宿にぶち込まれ、そこで何かの問題を起こせば殺されることになったのだ。 「罪の償いをしたと判断できた時に、私を元の地位に戻す」というのだが、所詮は「嘘つきの父」と言われる悪魔の約束事だ。 フェリー首相は、この処分が私にとって想像以上の屈辱になることを知っていながら、「きれいな山の空気に触れれば健康にも良い。 休養なさい。元気になって戻ってくれることを心から待ってます」と強烈に皮肉った。 ここで拒否すれば、私は地下牢に入れられて一巻の終わりである。 従うよりほかなかった。 私は歯ぎしりしながら、この処罰を受け入れた。 少なくとも、グルノーブルにいる限り、グランド・ロッジの「円形演技場」のバラバラ死体や、霊の湧き上がる不気味な七頭龍の大理石像とも、おさらばである。

 グルノーブルの売春宿に到着すると、そこの女主人は、私が任務を尽くしている限り、私を大切に扱うように命じられていた。 フリーメーソンは、この売春宿を世界各国の政府高官を接待する場にしていた。 フリーメーソンは、その対象者の欲望を利用して罠に陥れ、イルミナティの宗教的・政治的な目標を達成する手駒にしてきたのだ。

 私は、この遊郭に腰を落ち着ける間もなく、すぐに仕事が入った。 見習いメーソンになったばかりのブヴィラ・ラピエール上院議員の相手をすることになった。 グランド・ロッジは、事前に彼が売春宿に出入りしていることを把握していたので、この遊郭を案内したに違いない。 私の任務は、彼と親密な恋愛関係を結ぶ中で徐々に、その本心を探り出すことにあった。

 パリのグランド・ロッジの私の通信窓口は、ムッシュー・ド・ランサンだったが、私が手紙で不満を訴えるたびに、彼は「七頭龍は不満を受け付けない、任務に従順であれ」としか応じなかった。 なお、手紙に関して一度、不思議なことが起こった。 私が郵便を出した途端に、返事を受け取ったのだ。 手紙が瞬間的に交換されたので、「この不思議な現象は、七頭龍が介入して、手紙を交換する時間を圧縮したに違いない」と思った。 私の受理した手紙が本物であることは、秘伝者の識別シンボルからも明白だった。

 私のような秘伝者は、封筒の表に、いくつかの識別シンボルを入れなければならない。 例えば、「D・B・R・V・P・D」と、妖精(ニンフ)を意味する大きな「N」という飾り認識文字や、各辺が途切れて相互に絡み合う「ダヴィデの星」のマークだ。 これにより、多くの郵便物の中から即座に、その内容が判断できる。 ムッシュー・ド・ランサンの場合、高位の秘伝者(イニスィ・スィペリエール)を意味する「JとS」の絡んだ文字を使った。

 月日は流れ去った。 ああ、私は、この任務にどれほど憤慨したことか。 何たる転落であろう! 私の身体を売ってまでフリーメーソンのために、お客と自分を騙しつづける行為に我慢できなくなった。 私は大変な努力をして、男を意のままに操るという最初に指令された任務を完遂した。

 それから不意に次の指令が来た。 「PB海軍大将の息子に重要文書が握られている。追い剥ぎを使って重要文書を奪おうとしたが失敗した。 七頭龍は、これをやれるのはクロチルデしかいない、と仰せられている」という手紙を受け取った。 私は拷問と死の方がまだマシだと思ったが、怯えながら指令に従わなければならなかった。 PB海軍大将の息子が遊郭に入って来るや、私は奴隷のように彼にかしずいた。 長い日々を費やしたが、重要文書を発見できず、諦めかけていた。 だが、ある晩、彼を首尾よく酒に酔わせ、その軽くなった口から重要文書のありかを突き止めた。 「屋根裏のバラの花瓶の中に隠してある」と喋ったので、私はフリーメーソンの仲間に連絡して、それを盗み出させ、私の所に持って来させた。 それから、私は、その大封筒を注意深く開封して中味の書類を新聞紙を差し替えてから、元の花瓶に戻させた。

 翌朝、私はパリのグランド・ロッジに「2つの秘密を握った。解放されたし!」と打電した。 だが、その返事は「グルノーブルの遊郭を離れ、マッソンに行け」というものだった。 なぜ、パリのグランド・ロッジではなく、パリ近郊のマッソンなのか? マッソンで何が待っているのだろうか? 私はパリに戻り、そこで七頭龍にかしずく気が本当にあるのだろうか? 他に選択肢はないのか? マッソンに行く途中で逃亡を試みるべきだろうか? 

 翌朝、旅立つ準備が整い、誰にも尾行監視されていないことを十分に確認してから汽車に乗って出発した。 汽車が大きな駅に到着したとき、食堂に行ったように見せかけて大きな荷物を汽車内に残し、軽い手荷物だけを持って汽車を降りた。 駅の改札口を出て、街中へと走る。 そのとき、修道院のように見える建物が目に入った。 大急ぎで門のベルを鳴らした。門が開くと優しそうなシスターが頭巾の下で微笑んで私の目の前に立った。 私が、この10年間呪い続けてきた修道女の一人だ。 私は「女子修道院長に引き合わせて欲しい」と嘆願して、女子修道院長と面談した。 私は涙ながらに売春婦をしてきたことを告白し、死と地獄からの避難を願い出た。 女子修道院長は愛情をもって全てを約束してくれた。 このとき、「はじめて母親のような心を持った人に出会った」と思った。

 それから何週間かのあいだ、私は、かつて一度も経験したがない平和を感じ、心からの安らぎを得た。 イルミナティの「夜の妖精」として最高位に就いた私のグルノーブルへの追放処分は1882年から1883年まで続いた。 遊郭に投げ込まれ、最大の屈辱を受け、これによって目が覚めたのだ。 イルミナティは、私が、その指令に従って、どれほど罪を犯そうとも、私を最高位に置き続ける気持ちなど、初めからなかったのである。 パリのグランド・ロッジは、ブヴィラ・ラピエール上院議員の重要文書も、PB海軍大将の息子の重要文書も受け取っていない。 だから、私がフリーメーソンの律法を犯し、有罪になったことは明らかだった。

 私は、一瞬の恵みによってイルミナティから解放されたわけではなく、「父・子・聖霊の御名」を呼ぶと無力なることを七頭龍自らが認めたときから、私の内面で善と悪との激しい葛藤が起き、私が、この世の悪から解放される兆しがあった。 私は、グランド・ロッジの「円形神殿」で七頭龍と会うときまで超自然現象の存在を否定し続けてきた。 そして、超自然現象の存在を確信してからは、超自然現象の2つの原理の存在を受け入れねばならなかった。 即ち、悪なる七頭龍の原理と善なる洗礼の神の原理という2つの原理の存在である。 洗礼の神に、より力があることは、七頭龍自らが認めていたことだ。 しかし、私の心の目は塞がれ、洗礼の神に、より力があるばかりか、心優しく、知恵に満ち、聖なる完全な存在であることを結論するまでには至らなかった。

 私は、神の御前で裁かれることを十分すぎるほどに感じた。 七頭龍は既に裁かれているに違いない。 七頭龍の「人助けになる」という最高の霊的啓示にさえ、この世の悪を強化する邪悪さが忍び込んでいた。 七頭龍は、従う者たちの悪徳に喜びを隠さず、皮肉にも従う者たちの悪徳行為をもって残酷に殺す理由とした。 私は、真の神が憎しみと虚偽を広めることを喜んだりはなさらないこと、また、私の我欲を満たして復讐の野望を遂げるために、イルミナティの「至上の霊」を拝んでいたことを徐々に理解した。

 それから、私に予想もできない出来事が起こった。 PB海軍大将の息子の子供を身籠っていることを知ったのだ。 もはや、パリに戻ることなど論外で、パリのグランド・ロッジは私から赤ん坊を取り上げて、見習いメーソンの忠誠度を試す殺人儀式の参加者全員の目の前で私の赤ん坊を八つ裂きにし、七頭龍に捧げるだろう。 

 私は、新しい母親の魂に満ち満ちてきた。 「どんなことをしても、この子をフリーメーソンの死の手から救うのだ」と決心した。 恥辱だらけの人生にあった私は赤ん坊のために神に祈り始めていた。 これからは、神と共に償いの人生を歩むのだ。

 こうして、私は身籠った赤ん坊から勇気をもらい、病院で出産したが、よく分からない原因で死んだ。 幸いにもカトリック教会の洗礼を受けて天国に旅立った。 私は愛児を失ったことで非常に嘆き悲しんだ。 私が神の子羊イエス・キリストを金曜日の黒ミサで幾度も汚し続けてきたので、「私の愛児が神の子羊と共にいる」という修道女たちの話をどうしても信じられなかった。 ただ、「あの子は、今この哀れな母親のために祈ってくれている」と思う。

 私の愛児の出産と死からようやく立ち直るや、敵の目を逃れるため、私は世間の目の届かない僻地の修道院に移された。 私は修道女たちにマリ・エメリーの洗礼名で知られた。 もはや、クロチルデ・ベルソーネセラティ伯爵夫人クーテソー伯爵夫人もいない。  私は修道院における聖書研究で、私を誘惑し、これほどまでに長期にわたって、苦しみと恐怖で私を打ちのめしてきた「龍」の正体を学ぶようになった。 私は「龍」の力と悪意を過小評価したことは一度もなく、「龍」との関係において他の誰よりも経験を積んでいる。 「龍」は、神の御国(天国)から追放されたのであった。

ヨハネ黙示録 12: 3- 13:10 『また、別のしるしが天に現われた。 見よ。大きな赤い龍である。 七つの頭と十本の角とを持ち、その頭には七つの冠をかぶっていた。 その尾は、天の星の三分の一を引き寄せると、それらを地上に投げた。 また、龍は子を産もうとしている女の前に立っていた。 彼女が子を産んだとき、その子を食い尽くすためであった。 女は男の子を産んだ。 この子は、鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧するはずである。 その子は神のみもと、その御座に引き上げられた。 女は荒野に逃げた。 そこには、千二百六十日の間彼女を養うために、神によって備えられた場所があった。 さて、天に戦いが起こって、ミカエルと彼の使いたちは、龍と戦った。 それで、龍とその使いたちは応戦したが、勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。 こうして、この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。 彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。 「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。 私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。 彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。 それゆえ、天とその中に住む者たち。喜びなさい。 しかし、地と海とには、わざわいが来る。 悪魔が自分の時の短いことを知り、激しく怒って、そこに下ったからである。」  自分が地上に投げ落とされたのを知った龍は、男の子を産んだ女を追いかけた。 しかし、女は大鷲の翼を二つ与えられた。自分の場所である荒野に飛んで行って、そこで一時と二時と半時の間、蛇の前をのがれて養われるためであった。 ところが、蛇はその口から水を川のように女のうしろへ吐き出し、彼女を大水で押し流そうとした。 しかし、地は女を助け、その口を開いて、龍が口から吐き出した川を飲み干した。 すると、龍は女に対して激しく怒り、女の子孫の残りの者、すなわち、神の戒めを守り、イエスのあかしを保っている者たちと戦おうとして出て行った。 そして、彼は海べの砂の上に立った。 また私は見た。海から一匹の獣が上って来た。 これには十本の角と七つの頭とがあった。 その角には十の冠があり、その頭には神をけがす名があった。 私の見たその獣は、ひょうに似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。 龍はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。 その頭のうちの一つは打ち殺されたかと思われたが、その致命的な傷も直ってしまった。 そこで、全地は驚いて、その獣に従い、そして、龍を拝んだ。 獣に権威を与えたのが龍だからである。 また彼らは獣をも拝んで、「だれがこの獣に比べられよう。だれがこれと戦うことができよう」と言った。 この獣は、傲慢なことを言い、けがしごとを言う口を与えられ、四十二か月間活動する権威を与えられた。 そこで、彼はその口を開いて、神に対するけがしごとを言い始めた。 すなわち、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちをののしった。 彼はまた聖徒たちに戦いをいどんで打ち勝つことが許され、また、あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。 地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。 耳のある者は聞きなさい。 とりこになるべき者は、とりこにされて行く。 剣で殺す者は、自分も剣で殺されなければならない。 ここに聖徒の忍耐と信仰がある。』 

 私の心の禍根は癒えることはなかった。 過去の恐ろしい記憶が嵐のように襲いかかった。そして、悪魔が絶えず私を痛めつけた。 1884年1月8日水曜日の夜から木曜日にかけ、私は虚栄心に囚われ、七頭龍が私を褒め称えたときのことを思い出してしまった。 すると、翌日の金曜日に七頭龍が私に取り憑き、私のロザリオ(数珠)も壊れた。 七頭龍は、同じ時刻にパリのグランド・ロッジで開かれていた大会議を、私に幻視させるために私に取り憑いたのだ。 「戻ってくれば、私を許す」という議題が上っていた時であった。 これを幻視した瞬間、七頭龍は私を空中浮遊させた! 七頭龍の心霊力に驚嘆した私は大天使ミカエルに必死で祈った。 「大天使ミカエル、この危機から私をお守り下さい! 天の御父、わが神、主よ、全ての悪から私を解放して下さい!」と叫んだ。 すると、七頭龍は、私を床に叩きつけ、私の耳からは血が吹き出た。 この時以来、私の耳はあまり聞こえなくなったが、耳の不自由さが何であろう! この世の誘惑の声をほとんど聞かずに済んでいるのだ。

 だが、私は「七頭龍が私の居所をグランド・ロッジに告げ、私の魂を救ってくれた小さき修道女たちの身に危険が及ぶのではないのか」と恐れた。 しかし、高徳な修道女マザー・マルガリータは、取り乱すことなく、悪魔を怖がりもしなかった。 彼女は、主イエス・キリストによる罪の贖いを信仰した霊魂の価値と力を知っていた。

 あるとき、私は悪魔に壊されたロザリオ(数珠)を嘆いてから、それに八つ当たりをして放り投げた。 しかし、マザー・マルガリータは、それを拾い上げて、「繕いたい」と言った。 私は「そのようなことをなさらないで下さい。それは不吉を招くだけですから、お庭のどこかに埋めましょう」と提案した。 マザーは天使のように微笑んでから、私をマザーの部屋に案内した。 マザーのベッドの端には、私がフリーメーソンの冒涜の儀式で使っていた十字架が立っていた。 マザーは毎時間、私の十字架に込められた冒涜行為を償うために、神と私への愛の祈りを捧げていたのだ。 そして、マザーは、この十字架に、私の壊れたロザリオを掛けて、新たな勝利のしるしとした。 マザーは、「これは、不吉なものではなく、その反対に私たちを守ってくれるものなのです。 私たちは神様の守護の下にあり、神様がお認めにならずして、私たちに起こるものは何一つないのですよ」と言った。

 その晩、悪魔は怒りをもって私に臨み、こう命じた。 「あの女から、すぐに離れろ! あれは善良さと信仰心を装っているだけだ。 本当は、教会の利益しか心に掛けてはいない。 おまえに興味がなくなれば、おまえを追い出すに決まっている。おまえへの興味を失わせ、彼女らを苦しめてやろう」

 この件をマザーに報告すると、マザーは気にも留めずに、「小さきシスター・マリ、言わせておきなさい。 させておきなさい。 苦しみを通してこそ、人の霊魂は救われるのです。 このような他者の犯した罪に対する償いの祈りによって地獄は、その力を失うのです」と語った。 マザーの悲しそうな表情を見たとき、私は「償いの祈り」と「神の恵み」の計り知れない奥義を悟らされる思いがした。また、このような優れた霊魂と近づきになった、その不思議さについても理解した。 修道女たちが、ここで捧げている償いの人生は、どのような悪魔の攻撃をも打ち倒す、落雷のような働きをしていたのである。

 ある日、私が食堂の片隅で働いていると、数日前に雇われた庭師が近づいてきた。 彼は私に水を求めると、イルミナティの認識合図である人差し指を伸ばして私の手に触れた。 この時に、私は七頭龍が私の居場所をグランド・ロッジに告げたことを知った。 私は、気づかぬ振りをして静かにグラスに水を注いだ。 彼は水を一息で飲み干すと、グランド・ロッジのブラザーでしか使われない合言葉を発したので、私は狼狽を隠せくなった。 彼は「あんたが夜の妖精か?」 と尋ねた。 私は「ええ、夜の妖精と呼ばれていました」と返答すると、彼はグランド・ロッジの内部の様子などを私に執拗に尋ねてきた。

 私は、きっぱりと、こう告げた。 「あなたを遣わした者たちに言いなさい。 私がグランド・ロッジで経験したことは全部、あらゆる言語で原稿にしたためましたと。 写しは安全な場所に保管され、何人かの教会の権威者の手にも渡っています。 私や修道院に不可解な死や事故や火災が起きたときには、すぐにパリのグランド・ロッジを刑事告発することになっています。 同時に、出版物もでることでしょう。 ガーフィールド大統領国王ヴィットリオ・エマヌエレ二世皇帝アレクサンドル二世の暗殺の詳細が暴露され、世界各国の政府組織とカトリック教会に侵入しているフリーメーソンの氏名が世界各国に知れ渡り、一斉に告発されることでしょう。 フリーメーソンは、悪魔崇拝者、殺人集団、同性愛者、売春宿と賭博場の経営者、泥棒集団として全世界に知れ渡ることでしょう。 そう、あなたの主人に伝えなさい。 書類や小道具を警察の捜査から隠すことはできても、私が描いた建物構造までは隠せません。 フリーメーソンの秘密を暴露することは、私一人の命よりも、はるかに価値のあることです。 私は、残りの人生を神様に捧げます。 そして、神様の御意に従って私の情報は使われ、フリーメーソンを支配するイルミナティによる世界独裁の鎖を断ち切り、また、カトリック信者を強力に覚醒させることでしょう。 私は、その手助けをするということです。 分かりましたか! 」

 庭師は答えをはぐらかして、「さっぱり分からない。 シスター、あんたは本みたいに喋るお人だ。 酒を有難うよ」 と言うなり、荒々しく出て行き、二度と修道院に戻ることはなかった。  私は、私の話がグランド・ロッジの大会議と「グランド オリエント」に伝わったと信じている。 彼らは、自分たちの秘密が全世界に暴露されるよりも、私が僻地の修道院で貧しい生活を続けることを得策と考えたのだろう。   私は過去の悲しみで一杯になったが、この一方、自分には全く相応しくないほどの永遠の約束を手にすることができた。

 主よ、哀れな罪人をお赦し下さい! 主の正義とお恵みに震えながら、私は獣と、その主人である龍が、世界の万人の霊魂の独裁に失敗するよう、主の御前に願い求めます! イエスよ、獣の力から私を完全に拭い去って下さい! 私を過去の身勝手な支配者から、キリストの最も卑しい花嫁へと変えて下さいますように!

シスター・マリ・エメリー
主の年1886年6月1日




公開 2015(平成27)年12月28日(月)19:36
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7 件のコメント:

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